2020年1月1日、私は元旦の日にふさわしい決意表明をした。
歯科衛生士がもっと自由に、やりがいを感じられる働き方をつくる。
歯科衛生士が輝けば、歯科業界も日本も、豊かで生き生きとした未来をつくることができる!
そう志して、歯科衛生士プロダクションとして会社を立ち上げることを決めた。
具体的な事業プランがあったわけではないけど、決めてしまえば即行動!が私の独自性。次の日には会社設立の手順を調べ、仕事始めと同時に着々と準備を進めていった。
これまでフリーランスの歯科衛生士として働いたり、直近では歯科のスタートアップで役員をやっていたけど、自分で会社を立ち上げるというのは初めてで、正直わからないことだらけだった。
年明け早々、あらゆる知り合いにアポをとって会社や事業の構想を話して回った。理論より感覚派の私は、自信満々で身振り手振りを使って夢中で説明していった。しかし、私のポジティブすぎるイメージとは裏腹に、周りの方々の反応は冷ややかだった。
「熱意はわかったけど、難しそうだね」
「なんか勘違いしてない?」
「そんなに甘い世界ではないよ」
「歯科衛生士がそんなことしたってうまくいかないよ」
ちょうどその頃、新型コロナウイルスが猛威を振るいはじめており、社会全体がネガティブな雰囲気に包まれていた。さらに、私の息子はイヤイヤ期に突入し、母としてもストレスフルな毎日を過ごしていた。
2020年3月6日(大安)、3月にしてはあたたかい陽気の日だった。
司法書士の先生から会社設立完了の報告を受け、ついにスタートラインに立った。
会社設立というと、神社にいったりパーティーをしたりというイメージを持っていたが、世の中はコロナのニュースばかりでそれどころではない。この日もいつもと変わらず仕事をし、紹介いただいた女性経営者に会いに渋谷を訪れていた。
私はいつものように事業の構想や会社のビジョンを熱心に話した。当時は毎日のように同じプレゼンをしていたため、年始の頃よりははるかに上手になっていて、少し調子に乗っていたと思う。彼女は一通り話を聞き終えると、私に問いかけた。
「で、それはいつからはじめるの?」
私はこの質問に少し戸惑いつつ、「今は準備中だから、準備ができたらはじめます」と答えた。
すると間髪入れずに「そんなこと言ってないで、今すぐやりなさいよ」と、彼女は強い眼差しで言い放った。
厳しくも愛のあるその言葉が私の心の深いところにグサッと刺さった。お水を一口飲んだところで、心のスイッチがONになった瞬間を今でも鮮明に覚えている。
私は帰りの電車の中で、知っているすべての歯科衛生士、歯科関係者にメッセージを送った。
「歯科衛生士の知恵と力を合わせてプロジェクトを立ち上げたい。力を貸してほしい。」
とにかく知っている人全員に、片っ端から声をかけて仲間を集めていった。実はこのできごとが、「歯科衛生士1000人プロジェクト」をはじめるきっかけなのだ。
歯科衛生士1000人プロジェクト、始動
2020年3月13日、会社設立からちょうど1週間。東京では初めて緊急事態宣言が発令された。
予定していたセミナーや研修講師の案件はすべてキャンセルとなり、会社設立していきなり売上がゼロという状況になった。しかし、少しずつ志に賛同してくれる歯科衛生士さんも現れ、希望が見えはじめていた。
歯科医院のお休みを見計らって、歯科衛生士さんたちとオンラインミーティングを開催して、みんなの夢やチャレンジしてみたいことをヒアリングしていった。そこでもっとも盛り上がったのが「いつかは自分の歯磨き粉をつくってみたい」という夢だった。
成分やテクスチャー、味、香り、パッケージデザイン…それぞれが具体的な意見を持っていて、目を輝かせて話し合っている姿が印象的だった。
そのミーティングを終えて、私の頭の中には一つのコンセプトが浮かび上がってきた。
「全国の歯科衛生士の声を集めて歯磨き粉をつくろう!」
歯磨き粉をつくったこともなければ工場も見たことはないけれど、とりあえずやってみようの精神でその日の夜にはSNSのアカウントをつくってプロジェクトを開始させた。
一つのわかりやすい指標として、「1,000人の歯科衛生士と繋がること」を目標に、仲間集めをはじめていった。
ところで歯磨き粉ってどうやってつくるの??
恥ずかしながら10年以上歯科衛生士をやってきて、歯磨き粉や歯ブラシを何百本と売ってきたが、それがどのように作られているのかをまったく知らなかった。
サンプルで集めた歯磨き粉のパッケージに書いてある製造元、Google検索で「歯磨き粉 開発」でヒットした会社、知り合いからの紹介…みんなで手分けをして調査することからはじめていった。
初めての営業活動。できたばかりの会社で信用も実績もない。ほとんどが門前払いで話にならない日々を過ごしていた。
プロジェクト開始から1ヶ月ほど経過した頃、話を聞いてくれる製造会社と出会うことができた。そこで歯磨き粉の製造過程や必要な手続きなどを手取り足取り教えていただき、具体的なイメージができるようになっていった。
歯科衛生士の想いに感動!!
新型コロナウイルスの感染拡大は、一回目の緊急事態宣言の後、すぐにリバウンドして瞬く間に新規感染者数が増えていった。そんな中、歯科クリニックでも患者さんの予約キャンセルが相次ぎ、休診せざるを得ないクリニックも出てきていた。シフトを削られたり、職を失った歯科衛生士もいて、心を痛めた時期もあった。
そんな中、歯科衛生士1,000人プロジェクトと題してSNSで仲間を集めていたところ、最初の1ヶ月で300名もの歯科衛生士さんと繋がることができた。みんな「おうち時間」が増え、SNSを見ている時間が長くなったため、歯科衛生士が歯科衛生士を呼び、どんどん仲間が増えていった。
仲間が増えるにつれ、熱い想いの詰まったDMをいただいたり、オンラインミーティングで意見交換をしたり、毎日歯科衛生士さんとコミュニケーションをとりながら理想の歯磨き粉つくりに奔走していた。
そのやり取りの中で、全国の歯科衛生士さんたちの、内に秘めた予防歯科への熱い熱い想いを聞くことができた。
「予防歯科をもっともっと広めていきたい!」
「これからの歯科業界は歯科衛生士で盛り上げていきたい!」
「自分が使いたいと思える歯磨き粉をつくりたい!」
「今は子育てで現場を離れているけど、歯科衛生士として何かしたい!」
「歯磨き粉つくることは私の夢でした!」
「歯科衛生士としてモチベーションが上がりました!」
などなど、本当に多くの応援や賛同の声が届き、私の使命感も日に日に強くなっていった。
同時に、歯科衛生士の課題、歯科業界の課題なども見えてきて、いくつかの事業の構想も具体的になってきた時期でもあった。
歯科衛生士は、クリニックの中でもっとも患者さんと接する機会が多く、施術をしたりお話をしたりする時間も長い。TBIやチェアサイドのお話の中でオーラルケア商品の販売をする機会も多く、知識も豊富で頼もしい存在だ。
一方で、「どれだけ頑張っても収入があがらない」「歯磨き粉を何本売ってもインセンティブをもらったことはない」といった不満の声も一定数上がっていた。
この不満は「愚痴」に近い部分もあったけれど、よく話を聞いてみると「もっと努力して評価してもらいたい」「自立した女性になりたい」「ドクターに交渉できるくらい実力をつけたい」といった話も聞くことができ、歯科衛生士はなんとか現状を良い方向に変えたくて声を上げているのだということを知ることができた。
ご存じの通り、歯磨き粉は非常に薄利な(利益が薄い)商材だ。製造~医院~患者さんの手元に届くまでさまざまな企業や人が関わっており、それぞれが一定の利益を得ながら大量に流通している。
したがって、クリニックでたくさんの歯磨き粉を販売しても、クリニックに残る利益はわずかなもので、その中から従業員にインセンティブを払い出すことは難しい。それでも「患者さんに健康でいてほしい」という歯科衛生士の想いが、歯磨き粉の紹介やプレゼンに熱を込めている。クリニックでの歯磨き粉の販売でそれ以上の成果を求めることは難題なのだ。
そこでこのプロジェクトは、当社がメーカーとなり、直接歯科衛生士に「卸す」ことにより、高粗利率(残る利益が大きい)で販売できる仕組みになるようにつくっていった。そしてこの仕組みは歯科衛生士の野心に火をつけ、口コミで一気に拡散されていった。
この商流(販売ルート)にした狙いはもう一つある。
それは、歯科衛生士がビジネスの仕組みを学ぶ機会をつくることだ。歯科衛生士のキャリアといえば、大半が歯科衛生士学校を卒業してすぐにクリニックに就職する。3ヶ月ほどの研修期間を終えたら、すぐに患者さんを担当するようになる。
やがて後輩が入り、役職が与えられると、仕入れや在庫管理なども行うようになるが、ディーラーやメーカーと商談するといった機会はほとんどなく、商流や物流などに関して学ぶ機会が少ない。
そのため、歯磨き粉1本の販売でどれくらいの利益が出ているのか、院長がどんな思いでクリニック経営をしているのかということを想像する機会がないのだ。
このプロジェクトをきっかけに、メーカー、ディーラー、配達員、院長などの方々がどれだけありがたい存在であるかを知るきっかけにもなれば良いなとも思っていた。
3ヶ月で1,000人集合!
プロジェクト開始から3ヶ月強。
最初は5人ほどではじまった小さなプロジェクトは、1,000人の歯科衛生士と繋がることができ、最終的には1,200名の歯科衛生士が参加するプロジェクトとなった。
相変わらず新型コロナウイルスの感染者数は高止まりの状態で、ミーティングはオンラインが中心、サンプルの試験は都内のメンバーを中心に行い、オンラインミーティングやLIVE配信で報告しながら開発を進めていった。日に日に高まる完成への期待と、なかなかイメージ通りのものができ上がらない焦りが出はじめていた。
ペーストの開発と同時進行で、パッケージのデザインと素材選びも進めていたが、ここで問題が発生する。
今回の企画は小ロットで、中身にこだわり、かつ、できるだけ安価につくりたいというワガママ放題のオーダーをしていたため、さまざまな制約が出てきたのだ。
まず、新型コロナウイルスの影響で、工場の生産体制が縮小し、本プロジェクトの製造スケジュールがだいぶ遅れることとなった。そして、パッケージに使用したい素材が海外製のものだったので、輸入が止まっていた。さらにデザインにかなりのこだわりを詰め込んだため、さらに納期が遅れるという三重苦が待ち受けていた。
それでも私たちはこの状況をポジティブに解釈することにした。同じ想いで集まった1,000人以上の歯科衛生士たちとの交流を通して、オンラインセミナーを行ったり、勉強会を開いたり、スタディーグループを立ち上げたりするメンバーも出てきた。このような相乗効果は嬉しい誤算で、毎日のように全国の歯科衛生士から感謝のメッセージやDMが寄せられるようになった。
思えば会社を立ち上げたときも、緊急事態宣言が発令されたときも、その状況に悲観することなく、ポジティブにとらえて行動し続けたからこそ道が開けてきた。そして、どれだけ無理だと言われた挑戦でも、こうしてたくさんの歯科衛生士の方々からいただく喜びや感謝のメッセージが私のモチベーションを維持させてくれる。
起きていること(事実)は一つで、それをどう解釈するかでその後の成果は大きく変わっていく。そして、行動することだけが成果にアクセスし、人生に違いをつくり出す。
このプロジェクトを通して、たくさんのご縁と、気づきと、成果をいただいた。
2021年9月。歯科衛生士1,200名、約1年かけて開発した歯磨き粉「&DH Home care paste」が発売された。商品名も、パッケージデザインも、歯磨き粉の成分も、すべて歯科衛生士の意見とアイディアによってつくられている。
「&DH」という名前には、「歯科衛生士と共に」という想いが込められている。
歯科衛生士が、人々の健康と予防のパートナーだと認知していただけるように、夢と決意が詰まった歯磨き粉となった。
外箱のQRコードを読み込むと、歯科衛生士による歯みがき指導の動画を見ることができる。一人でも多くの方に、正しい歯磨きの仕方と歯科衛生士の存在を知っていただき、定期的な検診、予防・メインテナンスのために歯科医院に通っていただきたいと願っている。
これから
「&DH Home care paste」は、ご使用いただいたユーザー様からも高評価をいただいている。本当に心から嬉しく、このプロジェクトをやって良かった!と歯科衛生士のみんなと喜びを分かち合っている。
このプロジェクトを通して、歯科衛生士の大きな可能性を見ることができた。全国には「予防」への熱い想いを持った歯科衛生士さんがたくさんいる。
「予防のことをもっともっと広めていきたいです!」
「ホワイトニングから口腔の健康に興味をもってほしい!」
「歯科医院以外でも予防について広めていきたい!」
「子供たちに向けて歯みがき教室を開催したい!」
「新しい働き方をつくりたい!」
「歯科衛生士の認知を広めていきたい!」
などなど、毎日本当に熱いメッセージをいただき、力づけられる。
しかし、その熱い想いを、行動に変えて、形にする術を持ち合わせていない。今後私は、そんな想いを形にするために必要なスキルや考え方を育てることにも力を入れていきたい。
プロジェクトと並行して、起業当初からD.HIT DH Academy(DDA)を通して、フリーランスに挑戦したDH、院内セミナーを大成功させたDH、マネージャーとして自費売上を2倍にしたDH、子育てしながら在宅ワークのスタイルを確立したDH、自信と仕事のやりがいを手に入れたDH、それぞれの目標達成をサポートしてきた。
そしてアカデミーを通してつながり合ったコミュニティーで、スタディーグループやプロジェクトも生まれている。
歯科衛生士が身につけるべきビジネススキルと、同じ志を持った高めあえるコミュニティーを運営し、D.HITのビジョンでもある「やりたいことをやる人生」を応援していきたい。
最後に
歯磨き粉プロジェクトに参加してくれた歯科衛生士の皆さん、関わっていただいたすべての関係者様に深く御礼申し上げます。
これからも、また面白いことを一緒にやりましょう!