訪問歯科の現場から vol.1 乾燥痰の除去に苦戦した新人時代のエピソード

みなさん、はじめまして。歯科衛生士歴15年のYota Morisakiです。

現在は訪問歯科の現場で働きはじめ、6年ほどになります。

長年訪問歯科で働いていると、さまざまな患者さんやそのご家族に出会います。

この連載を通して、私が訪問歯科の現場で日々感じることや、訪問歯科で働く歯科衛生士、また診療する患者さんやご家族の等身大の姿を知ってもらえると嬉しいです。

訪問歯科の現場から

乾燥痰の除去に苦戦した新人時代のエピソード

私が訪問歯科で働きはじめたばかりの頃のことです。

研修として、先輩歯科衛生士と現場を回っていた中で、Mさんという患者さんに出会いました。

Mさんは60代でしたが、ご病気の影響で起き上がることができなくなっており、経管栄養で栄養摂取している状態でした。

意識レベルは高くなく、普段他の職員さんが対応する時はどうかわかりませんが、少なくとも私たちが話しかけて、何らかの反応を示してくれることはほとんどありませんでした。

ただ、寝たきり患者さんの中では年齢は若く、顔色がつやつやしている日もありました。

苦しそうな表情さえしていなければ、今にも起き上がりそうに見えることもあり、反対にそれがとても痛々しく感じられることもありました。

Mさんの口腔内は乾燥痰でいっぱいだったため、基本的な処置は乾燥痰の除去を行うことでした。先輩は、多量の乾燥痰にかなり苦労しているようでした。

私ははじめ、先輩のアシストをしていましたが、独り立ちが近づくにつれ、この乾燥淡の除去を一人でやらなくてはいけなくなりました。

これが思っていた以上に、とにかく大変!

まずは、ジェルで乾燥痰を柔らかくし、舌ブラシやスポンジブラシではがしながら除去します

しかし、一般歯科のユニットに慣れていた私にとって、訪問歯科用のライトは暗く、ポジションも取りにくい。使用できる器具も限られているのに、時間がかかればかかるだけ患者さんの負担になります。

もしはがした乾燥痰が気管に入ってしまうと、誤嚥性肺炎を起こす危険もあります。

とにかく緊張して、毎回本当に汗だくになりながら清掃しました。

Mさんの表情が優しくなった瞬間

私が独り立ちするまで、あと2回ほどという頃のことです。

その日もMさんの処置は私が担当で、先輩には書類を記入してもらう予定でした。

「Mさん、今日はちょっと具合悪そうだね。」
「早く済ませた方がいいですね。」

といった会話をしながら、いつも通りMさんの処置に入りました。

口腔内は相変わらず乾燥痰でいっぱいでしたが、いつもよりMさんの具合が悪そうに見えました。そのため、私はいつも以上に焦っていました。

乾燥痰は、舌・口蓋側の歯面や、口腔外付近の乾燥して見えにくい部分がいちばん除去しにくい傾向にあります。

私はその日も、その部分に付着した乾燥痰を必死になって除去していました。

あまりにも集中していたため、除去できた時に思わず、

「わあ!やったー、取れた!」

と、Mさんにしか聞こえない程度の声で喜びを口にしてしまいました。

その瞬間、Mさんの顔がふっと、とても優しくなったのです。

今までほとんど反応らしい反応がなかったMさんだったので、私はびっくりしました。

「えっ、表情変わったよね?まさかね、私が喜んだから一緒に喜んでくれたわけじゃないよね…」

と、一瞬手を止めました。

処置が止まっていることに気づいたのか、先輩が私とMさんの方をのぞき込みました。

「あれ、Mさんなんだかとっても嬉しそうな顔をしてるね。」
「やっぱりそうですか…!」

私はじーんとしてしまいました。

Mさんは、起き上がれない、話もできないといった状況の中でも、私が喜んだことを一緒になって喜んでくれたのです。

「新人の困ったやつが、だんだんうまくなっていくのはまあ悪くない」
「こういうやつっているんだよなー」

といった感情の、「クスッ」とした瞬間だったのかもしれません。

それでも私はとても嬉しかったのです。

それ以来、私はなるべく処置中、嬉しさを口に出すようになりました。

私が「わー!きれいになりました!」と言い、患者さんが「うん、良かったね。君も嬉しいんだね。」というような反応を示してくれると、「よしっ!」と思うようになりました。

この気持ちが、訪問歯科に深く関わるようになるきっかけだったのかもしれません。

訪問歯科に深く関わるようになるきっかけ

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訪問歯科で働いていると、患者さんの少しの変化や反応を感じとれる瞬間にたくさん出会えます。

それぞれの患者さんにとっての貴重な瞬間に立ち会えて、一瞬も目が離せない、そんな訪問歯科の現場が私は大好きです。

ご興味をお持ちの方は、ぜひ訪問歯科の世界に飛び込んでみてはいかがでしょうか。