早いものでこの連載がはじまり、1年が過ぎました。いよいよ、今回でこの連載は最終回となります。
私にとってこの連載は、日頃より考え、想っていることを文字化することで、自らの行動を
改めて客観視することができる良い機会となりました。
皆様において少しでも役に立つことができていたら良いなぁと思っております。
さて、最後のテーマは「信頼」です。
私たちは職種柄、この「信頼」や「ラポール」という言葉を耳にする機会が多いのではないでしょうか。
- 信頼→無条件に相手のことを信じる
- ラポール→「橋を架ける」という意味のフランス語
- ラポールの形成→「この人のことは信頼できる」「この人になら何でも話せる」という状態をつくる
私自身、新人のときは先生や先輩歯科衛生士に「歯周治療の成功のカギはラポールの形成です。」と、折に触れて言われてきました。
その頃を振り返ると「信頼」の意味などを考えたことはなく、単に患者さんと会話をして施術し、楽しい時間を過ごせれば良いのだと思い込んでいました。
また、この頃の状況としても、担当患者さんの通院が中断になることや、アポイントがキャンセルになることも少なく、その結果として新人ながらもリコール率が高かったのを覚えています。
ですから私自身は、この状態に疑問や不満を抱くことはなく、どちらかといえば満足していました。
でも、このままではいけない、もっと良くなれる。と、思う出来事がありました。そのことをきっかけに、患者さんやスタッフとの「信頼」について深く考えるようになり、このことはその後20年経った今でも、私の診療姿勢の中核を担っています。
「信頼」について深く考えるようになったきっかけ
当時、私が勤務していたクリニックでは、その日のキャンセル数を自分で表に記載し、月末には総数を集計することになっていました。
さらには、キャンセルのまま中断になってしまった患者さんのカルテを月に一度まとめて受付の方が手渡ししてくださり、カルテに添付された表にその後の対策(対応方法の決定→実践→結果報告)を記入して、返却することになっていました。
当時私が行っていたキャンセルの事後対応は、以下の通りです。
- 電話→キャンセルされたままの方に月末にまとめて電話する
- ハガキ送付→電話連絡ができない方へリコールハガキを送る
この仕事はキャンセル数が多ければ多いほど対応に時間を要するので、大変な業務になります。
最初は大変だ、面倒くさいと感じ、作業的に業務としてこなしていました。ですが、この仕事はキャンセル数を意識するだけではなく、キャンセルされた患者さんやその後の対応を考えるきっかけになります。
今ではとても大事なことと認識しており、現在勤務しているクリニックでも取り入れ実践しています。
しかし、現在のクリニックでこの業務を取り入れた当初は、表の作成やキャンセル数の集計、カルテ管理など業務内容が多岐にわたり、受付の方が負担過多になってしまったことがありました。
その後、業務分担を行い、今では当たり前のように遂行されていますが、この一件で周りのスタッフの協力があったからこそ可能な仕事だったのだと改めて痛感し、スタッフとの信頼関係の重大さを大きく意識した出来事でした。
受付の方は、私の大きすぎる目標や、果てしない注文などの無理難題を、いつも実現可能にして下さる大切な存在です。
また、この業務を後輩歯科衛生士と行っている時にした、ある日の会話を紹介します。
「1か月に1回もキャンセルが出ない人(歯科衛生士)っているんですかね」
「どうだろう。難しいよね。でも、不可能じゃないかも。そういう人もいるのかもね。」
単なる残業中の会話ですが、キャンセル数をゼロにするのは不可能ではない。業務は楽になるし、単純にカッコイイな、と思いました。
そして、気が付くと「私、キャンセル0にチャレンジしてみようかな」と発言してしまっていたのです。
患者さんと信頼関係を築くために実践したこと
次の日から、私のチャレンジははじまります。
どうすればキャンセルがなくなるのか、色々と考え悩みましたが、なかなか良いアイデアは浮かびませんでした。
その時に思い出したのが、数年前の新人の頃に先生や先輩歯科衛生士から言われた「ラポールの形成」。つまり患者さんと信頼関係を築くということです。
私はこの時に初めて「信頼」について考え、さらにはこれまでの行動を見直す機会にもなりました。
そして、次の5項目を実践することを決めたのです。
- 笑顔で挨拶、対応する
- 一生懸命に行動する
- 確かな知識と技術を身に着け施術する
- ご来院に対して感謝の気持ちを伝える
- 相手を信頼する
上記5項目について、私の実際の実践内容を簡潔にまとめました。
① 笑顔で挨拶、対応する
自分の体調や気分、相手に左右されることなく、まずは自ら笑顔で挨拶をするようにしました。そして関与する人、物事へも笑顔で返答し、接するように心がけ話しやすい雰囲気をつくることを意識しました。
② 一生懸命に行動する
何事にも全力で取り組み、マンパワーを発揮できているか自身への問いかけを忘れない
ようにしていました。簡潔に表すと「キビキビ動く」ということです。
「キビキビ」とは、人の動き方や話し方が生き生きしていて気持ちの良い状態を表して
いるそうです。
③ 確かな知識と技術を身に着け施術する
学ぶことを止めない。学び続け、その知識を仲間と共有して診療に活かすようにしていま
す。また、取り扱う器具を大切にし、鍛錬し続けています。
④ ご来院に対して感謝の気持ちを伝える
ご来院時に直接言葉がけをするようにしました。また、リコールハガキやお電話でも、感謝の気持ちを伝えるようにしました。
「お忙しい中、ご来院いただきましてありがとうございます」
「雨で足元が悪い中、ご来院いただきましてありがとうございます」
⑤ 患者さんを信頼する
相手を信じるようにしています。一方通行の信頼関係は成り立ちません。信頼関係を築くなら、まずは自ら相手を信頼するべきと私は考えています。
私はこの5項目を、今なお実践し続けています。
実践結果としましては、これまでに月間キャンセル数0回を何回も経験しています。
初めて受付の方から「今月はキャンセルの方はいらっしゃいませんでした。」と言われたときは、率直にとても嬉しく思ったことを覚えています。
もちろんそれは、前述のような面倒な作業をする必要もないですし、他者と比べて誇らしいという思いを味わったからでもあります。
ですが、今でもこれらのことを継続している最大の理由は、「仕事に対する充実感」を得られるからです。
単純にキャンセルの事後対応を作業としてこなすだけではなく、それらも含めすべての業務を「患者さんとの信頼関係を築くための仕事」として捉えることが、今なおこの仕事を続けていく分岐点になりました。
患者さんとの信頼関係を築くことは、仕事をする上で何よりも大きな収穫であり、結果として仕事でしか得られない気持ちがあると自負しています。
歯科衛生士は信頼できる仲間、信頼関係を築ける相手と一緒に、さまざまなことを共有できる仕事です。
今でも私が歯科衛生士の仕事をしているのは、仕事をさせていただける環境に恵まれていること、そしてこの仕事が好きだからです。自分の仕事が好きだと言えることは、私の自慢です。
ですが、新人の頃からこのように思っていたわけではありません。さまざまなことの積み重ねで、今にいたっているのだと確信しています。
決して戻ることのない、すべての人に平等な「時間」をどのように過ごすのかは、自分次第なのではないでしょうか。
これまでの連載は、私の20年以上におよぶ歯科衛生士人生で得た思想や経験に基づくものです。これからのみなさんの歯科衛生人生に、少しでも役立てるものがあれば幸いです。
みなさんの明日が、未来が輝けるものであるよう願っております。
最後になりますが、飽きっぽく根気のない私がここまで連載を継続できましたのは、見てくださる皆様、そして担当者様のサポートのおかげです。
担当各位に心より感謝申し上げます。
チーフ歯科衛生士の流儀
series1.医院のルールづくり
part1.働きやすい職場環境について考える
part2.あったら良いな、こんなルール
part3.ルールの活用方法
series2.スタッフ育成のポイント
part1.新たな仲間を受け入れる準備はできていますか?
part2.こんな質問にどう答える?「教育システムはありますか」
part3.相手に伝わる褒め方・叱り方
series3.転職しないコツ〜長く勤められる医院とは〜
part1.職場環境に求めること
part2.仕事でしか得られないこの気持ち
part3.問題解決力を身につけよう
series4.患者さんとの付き合い方
part1.患者さんの見立て~医療従事者として、人として~
part2.患者さんが求めていることが分かりますか
part3.信頼