歯科衛生士長内が聞く。第4回 産婦人科医・稲葉可奈子先生 後編「中学生の患者さんにはHPVワクチン接種を」

読者の皆さま、はじめまして。歯科衛生士の長内香織と申します。

実は、医師の中には、歯科衛生士に必要な知識や情報、歯科衛生士の役割を、医師の立場から発信している方がいらっしゃいます。

この記事では、様々な専門の医師の先生方に、普段聞けない知識や情報を対談形式でお聞きします。

第3回は産婦人科医の稲葉可奈子先生。

稲葉可奈子先生のプロフィールはこちら(WHITE CROSSへ)

後編では、子宮頸がんやワクチン接種について伺いました。

前編はこちら

歯科衛生士長内が聞く。第3回 産婦人科医・稲葉可奈子先生 前編「妊婦患者さんには早産のリスクを」

稲葉可奈子先生(下段)と筆者(上段)
稲葉可奈子先生(下段)と筆者(上段)

子宮頸がんとは

長内:つづいて、子宮頸がんとワクチン接種についての話に移行したいと思います。

歯周病と同様、感染症である子宮頸がんについて、どのようにして起こるのかを教えていただけますか?

稲葉先生(以下敬称略):子宮頸がんのほとんどは、主に性交渉によって感染するヒトパピローマウイルス(HPV)が原因で発症します。

HPVは、ほとんどの方が“一度は感染したことがある”といわれているほどありふれたウイルスで、感染したらかならずがんになるというわけではありません。

そのため、感染すること自体を恐れる必要はありませんが、運悪く感染が持続して、細胞に異常をきたし、検診を受けず見つからぬまま徐々に進行してしまうと、子宮頸がんになります。

ただ多くの場合、子宮頸がんはいきなり正常な細胞ががん化するのではなく、「前がん病変」という段階を経て、数年間かけてがん化していきます。

定期的にがん検診を受けていればがんになる前の段階で見つけることができますし、HPVワクチンを受けていれば、その6〜8割を防ぐことができる病気なんです。

詳しく知りたい方は、ぜひ「みんパピ!」のHPをご覧ください。

子宮頸がんを予防するHPVワクチンの必要性

稲葉:とはいえ、検診で見つけられれば即治療してスッキリというわけではなく、3ヶ月ごとなど、婦人科への定期的な通院・検査が必要になります。

女性にとっては「前がん病変」の段階で見つけられればいいというわけでは全然なくて、毎回、内診療台に上がらないといけないですし、(がんが)進行していたらどうしようという不安と闘っていかなければならないんです。

さらに、子宮頸がんの手術といえば、円錐切除術が一般的ですが、この手術を受けると早産のリスクが高くなることがわかっています。
(参照:周産期の立場から(松本直)-公益社団法人 日本産婦人科医学会

そのため、“がんにならなければいい”だけではなく、「前がん病変」にすらならないというのが一番いい。

検診では、あくまで異常が出てからの早期発見しかできないので、ワクチンでそもそもの原因であるHPVの感染リスクを下げるというのは、とても大事なことですね。

長内:なるほど。ワクチンで6〜8割も防げるのですね。でも、ワクチンを打っていても、がん検診は受けた方がいいのですか?

稲葉:そうなのです。HPVには多くの種類がありますが、今の日本において、定期予防接種で打てるHPVワクチンで予防ができるのは、16型と18型のウイルスのみです。

16型と18型はもっとも子宮頸がんの原因としてリスクが高いウイルスで、この2種類だけで子宮頸がんの原因HPVの約6〜7割を占めています。

しかし、それ以外のHPVが原因で子宮頸がんになることもあるので、それについては、がんになる前に発見できるよう、定期的に検診は受けた方がいいです。

長内:ワクチンで予防できる型以外のHPVが、がん化してしまう可能性が少なからずあるということですね。

それでは、最近の子宮頸がんの動向はどのような感じでしょうか?

稲葉:若い女性に多いというのが、子宮頸がんの特徴です。

がんといえば高齢になってからかかるというイメージがありますが、子宮頸がんは20代後半から患者さんが増えてきます。

今は晩婚化が進んでいるので、結婚出産前に子宮を取らざるを得ないという方がいると、悲しいですよね。

長内:20代とは若すぎますね…子宮頸がんで亡くなる方は増えているのですか?

稲葉:ここ最近はほぼ横ばいですね。年間約10,000人が罹患して、そのうち2,800人ほどが亡くなっています。

長内:2,800人もいるのですね。

世界のワクチン事情

長内:そのワクチンについてですが、海外では接種が一般的といわれていますが、やはり日本では少ないのでしょうか?

稲葉:海外では本当に一般的に接種されています。

ワクチン接種の費用対効果を考えた時に、子宮頸がんの予防効果は他のHPV関連がんと比較してもっとも高いので、どこの国もまず女性から公費助成の対象になっています。

さらに、男性にも公費助成を出す国がだんだん増えてきていて、現在は30ヶ国以上で男性にも接種をすすめていますね。

長内:えっ、なぜ男性も?

稲葉:これは二つ理由があって、一つ目は、HPVは男性もかかる肛門がんや中咽頭がんの原因でもあるので、男性自身が病気を予防するために接種を推奨します。

もう一つは、男女どちらもの接種率が上がると、集団免疫の効果が期待できます。

性交渉によってうつしあうのを防ぐためにも、男女ともに接種することで、集団からHPVを排除していけるという効果があるので、大事なんですよね。

なので、接種率が男女ともに高いオーストラリアでは、2028年には子宮頸がんが撲滅できるだろうといわれています。

長内撲滅できる“がん”なんですね。

稲葉:はい、そうなんです。

世界のワクチン事情

日本のワクチン事情

長内:ちなみに、日本の接種率はどのくらいですか?

稲葉:今年に入って増えてきてはいると思うのですが、ここ7年くらいは1%未満ですね。

長内:1%未満!?撲滅できるといわれるほど、効果が報告されているのにですか?

稲葉:はい。もともと70%くらいだったのですが…

長内:想像以上の低さに驚きです…

それは、欧米の水準が高いということではなくてですか?アジアで見た場合はどうなのでしょうか?

稲葉:こんなに打っていないのは、世界中を見ても日本だけですね。アフリカも接種が進んでいます。

長内:え〜。それはやはり、ワクチンの副反応がこわいという声をよく聞きますが、それが原因なのでしょうか?

稲葉:そのこともありますが、厚生労働省が“積極的勧奨を差し控える”という通達を7年前に出してから、自治体が各家庭におたよりを送らなくなったのです。

そのため、自分の子どもが今、HPVワクチンを無料で接種できる、ということに気づいてない保護者の方が多いんですよね。
(参照:高校1年生の9月末までに接種を始めれば、HPVワクチンは全額無料になります-みんパピ!

ただ、2020年10月に、通知は送りましょう、という方針になったので、少しずつ認識する方が増えたという流れがあります。

長内:がんを予防できるワクチンを無料で接種できる時期を見逃すのは、非常にもったいない気がします。

子宮頸がんワクチンの安全性について

長内:歯科ではワクチン接種を推奨されている年代の子やその親御さん世代の方が来院されることが多いので、その方々に聞いてみると、まだワクチンに対して「こわい」という返答が多い気がします。

一時期、メディアで副反応による痙攣などを報道されて、そのイメージをまだ持っている方がすごく多いです。

副反応について正しい情報を教えていただきたいのですが…

稲葉:ワクチンの安全性については、みんパピでもパンフレットを作っていまして…

HPVワクチン説明補助フライヤー
HPVワクチン説明補助フライヤー(引用:みんパピ!公式サイト)

すごくセンセーショナルに報道された副反応疑いの症状については、もちろんその後、科学的に因果関係が検証されていて。

ワクチンを打った子たちとそうじゃない子たちで、症状の発症率に差がないということが日本でも研究で確認されました。

また、世界中で同じような研究がされていますが、いずれも因果関係は証明できないという結果で、HPVワクチンの安全性を裏付けています。

もちろん、あの症状自体を否定するわけではありません。しかし、ワクチンを恐れて打たないのはもったいないし、有効性の方が圧倒的に高いです。

長内:そうなんですね。因果関係は認められなかったという、正しい情報が周知されてほしいですね。

稲葉:そうなんです。

長内:ところで、厚労省のHPを見ると、ワクチン接種に関するQandAが掲載されており、その中に「(ワクチン接種後に)多様な症状があらわれたら」という項目があります。
(参照:Q19.HPVワクチン接種後に報告されている「多様な症状」とはどのようなものですか?-厚生労働省

この症状があらわれるのは、子宮頸がんワクチン以外のワクチンでも考えられることという認識であっていますか?

稲葉:はい、そうです。どうしても思春期に打つワクチンって、他になかなかないので比べづらいのですが…

痛みについては、たしかに他のワクチンよりも強いかもしれないです。とはいえ、痛みや腫れも、通常は数日でおさまります。

痛みがトリガーとなって、いろんな症状が出てくるということはありえるかもしれません。

なので、痛いことを知らないとビックリしてしまうかもしれないので、私はかならず「ちょっと痛いかもしれないけどビックリしないでね」と一声かけてから接種しています。

そうした、ちょっとした一言が大事かなと思っています。

長内:注射の痛みでがんが防げるなら…と思いますけどね。

子宮頸がん撲滅に向けて歯科衛生士ができること

稲葉たしかに中学生は元気なので、あんまり病院にいく機会ってないですが、歯科はどんな世代も行きますよね。

だから、歯科医院で「HPVワクチンはもう打った?」と一言声かけてもらえたらありがたいです。

長内:そうなんですよ、歯科って病気じゃなくても唯一こられるクリニックなので、産婦人科との連携に大きく貢献できると思います。

ただ、歯科衛生士自身も、HPVワクチンについて正しい知識を持っている方が少ないんです。

「ワクチンこわいですよね」という意見に対して、歯科衛生士が「そうですよね」と同調してしまっている現実を目の当たりにして…

これを機に詳しいことは言えなくても、ワクチンを打てば予防ができる“がん”なんだということをお伝えしていきたいです。

稲葉:ありがとうございます。

でも、子宮頸がんって歯周病と近いところがあるのかもしれないですが、かからないと自分ごととして捉えてもらえないというか。

健康だったり症状がなかったりすると、予防しようとなかなか思わない人が多いですよね。

自分は大丈夫、かかっても治せばいいんでしょ、と思ってしまうというか…日本人は予防への意識がまだまだ低いですよね。

アメリカだったら、むし歯ひとつでも治療費が高いので、予防への意識がすごく高いっていうじゃないですか。

長内:わかります。

今勤務しているクリニックは海外の方も来院しますが、特にアメリカ人の患者さんは「この歯は20〇〇年にどの先生に治療してもらった」というところまで記憶している方が多いですね。

稲葉:へえ〜。そんな違いがあるのですね。

長内:日本人ももっと自分の身体に目を向けて、防げる病気は防いで、健康寿命を延ばしていきたいですよね。

最後になりますが、歯科衛生士に対して、伝えたいメッセージはありますか?

稲葉:がんを予防できるワクチンは素晴らしいものです。それを無料で接種できる中学生と接する機会のある、数少ない医療機関が歯科医院。

処置の合間などに一言お声かけいただけるだけで、将来救われる女の子がいると思います。

ぜひ、歯科検診やむし歯治療などでこられた方とのコミュニケーションの一つに取り入れてほしいなと思います。

長内:ありがとうございます。

今日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。

あとがき

私は、子宮頸がんで亡くなる人を少しでも減らしたいと、一生懸命啓発活動されている稲葉先生のことを知り、感銘を受けました。

ぜひ同じ医療従事者である歯科衛生士にも知ってもらいたいと思い、今回の対談を熱願したところ、快く引き受けていただきました。

子宮頸がん。それは感染症であり、がんの中でも唯一予防が可能な“がん”であるということを知りました。

年間3,000人近い女性が亡くなっているという現実。

ワクチンと検診で防げるがんであるということを、知らないまま発症してしまう方がいるという事実。

ワクチンに対する考えはそれぞれだと思います。

しかし、私たち歯科衛生士は医療従事者として、科学的に立証されている正しい知識を持つことが必要だと思いました。

歯科衛生士の一声で、誰かの命を救うことができるかもしれない。稲葉先生のメッセージからそう感じました。

そして歯科に予防にこられる方々に、健康に対しての正しい情報が届けられるよう、常にアンテナを張って学び続けていかなければと、そう強く感じました。

稲葉先生、今回は貴重なお話を本当に有難うございました。

* 子宮頸がんワクチンに対しての詳しい情報は、みんパピ!のリーフレットで学べます。リーフレットをご希望の方は、下記から問い合わせることができます。

「みんパピ!」お問い合わせフォームへ
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歯科衛生士長内が聞く。

第1回 内科医・桐村里紗先生「においから始める予防歯科」
第2回 精神科医・西大輔先生 「明日から働きやすくなる秘けつ」
第3回 産婦人科医・稲葉可奈子先生 前編「妊婦患者さんには早産のリスクを」
第4回 産婦人科医・稲葉可奈子先生 後編「中学生の患者さんには子宮頸がんワクチン接種を」