口腔機能低下の予兆を見つけられる歯科衛生士になろう 第6回 Hysから見える口腔機能低下

口腔と体の繋がりと機能低下に強い関心があり、超合理主義の臨床衛生士、植田です。

前回から少し間が空いてしまいました。

前回はこちら

第1回 コロナ騒動で増えている「口輪筋の機能低下」
第2回 マスク着用で増えている「緩んだ口」を見つける
第3回 可撤式補綴装置から見える口腔機能低下
第4回 唾液腺開口部に見える口腔機能低下 前編
第5回 唾液腺開口部に見える口腔機能低下 後編

みなさんの臨床では、何か変化がありましたか?

マスクを着けている時間や期間が長くなったことで口呼吸が増え、口腔内に文字通り「変化」が出てきています。それは、人の呼吸の仕方に変化が出てきているということです。

  • 口呼吸により口唇閉鎖力が低下し、歯列が前突気味になる
  • 呼吸が苦しいため、下顎を前に出す癖がついて顎関節が痛む
  • それに伴って側頭筋からの頭痛が起こる

など、歯列や噛み合わせにもまた、変化が起きてきています。中には、知覚過敏を訴える人も多くなった気がします。

皆さんの患者さんの中には、歯周病やカリエス、動揺や根面露出など、「しみても仕方がない」と思われるようなわかりやすい所見がないのに、しみることを主訴として来院される方はいらっしゃいませんか?

口腔機能低下の予兆を見つけられる歯科衛生士になろう 第6回 Hysから見える口腔機能低下

知覚過敏のメカニズム

露出した象牙質に温度や圧力、乾燥、薬品などの化学的刺激が加わることにより、一時的な疼痛が起こることを知覚過敏(Hys)といいます。

そして、冷水を飲んだ時や歯磨き時などに、歯頸部や歯根面の知覚が高まって発症する一過性の疼痛を伴った疾患のことを象牙質知覚過敏症といいます。

Hys=Hyper Sensitivity=知覚過敏症
   Hyper Sensitive dentin=象牙質知覚過敏症

通常、象牙質はエナメル質やセメント質で被覆されていますが、これらは酸による脱灰や不適切なブラッシングによって簡単に消失し、象牙質が露出してしまいます。

他にも、ブラキシズムによって歯頸部エナメル質に損傷や剝離が生じて、象牙質が露出する場合もあります。

このように、知覚過敏といえば象牙質知覚過敏症であることがほとんどのようです。

余談ですが、私の大好きなヒステリック・グラマーというブランドのカバンは、歯科関係者と会う時にうっかり持っていくと、絶対に突っ込まれるアイテムです。

象牙質知覚過敏症の主な原因

象牙質知覚過敏症(医歯薬出版)』によると、象牙質知覚過敏症の原因については以下のように述べられています。

  1. 不良なプラークコントロール(例:細菌が産生する酸)
  2. 酸の過剰摂取・頻繁な嘔吐(例:ソーダ水、ジュース、白ワイン、酢、過食症)
  3. 歯頸部の実質欠損(例:アブフラクション)
  4. 歯ブラシ摩耗(例:粗い歯磨剤)
  5. 歯石付着抑制歯磨剤の使用(例:ピロリン酸ナトリウム)
  6. その他

生活歯のホワイトニング(オフィスホワイトニング、ホームホワイトニング)の処置時、あるいは処置後に発症するケースも頻繁に見受けられる。また、生活歯の支台歯形成やセラミックインレーの窩洞形成後、あるいはそれらに修復物を装着した後に知覚過敏様症状が出現する場合もある。このように、知覚過敏には臨床上いろいろなケースがある。

とあるように、クラックなどのわかりにくいものもあるにせよ、視診や問診でその原因がある程度わかるものがほとんどです。

しかし、臨床においては、原因がよくわからない患者さんにも多く遭遇します。

本当に象牙細管に起こっている問題だけが原因なら、なぜしみたりしみなかったりと症状が常時一定ではないのか。

また、しみる場所が変わるのはなぜなのか、そして患者さん自身も、その部位を特定できないことがあるのはなぜなのでしょうか。

今までに書いてきた、口輪筋の低下、頬筋の低下の話の中で、口唇や頬の内側の粘膜が歯と接触することで、そこに停滞が生じてプラークやステイン、歯石などが蓄積されていくとお伝えしてきました。

この機能低下による接触が、Hysの出現にも当てはまるのではないかと仮説して説明します。

Hysから見える口腔機能低下

この患者さんは、「右上の歯がしみる」という主訴で来院されました。

この患者さんは、いつも左で噛んでいる自覚があるといいます。先日、右でも噛もうとして舌を噛んでしまったということでした。

しかし、視診でもレントゲン所見でも、痛むような原因は見当たりません。

ですが、頬筋の低下でお伝えしたように、早食いであまり噛んでいない上に、さらに使っていない方の頬が歯に接触し、汚れやすい環境となっています。
(参照:第2回 マスク着用で増えている「緩んだ口」を見つける

口唇閉鎖時の写真を見ると、咀嚼側である左の口角が上がっていることがわかります。非咀嚼側である右半分はあまり使っていないためか、口唇をきちんと閉じることができず、頬に緊張もみられます。

そしてしみるという所見がある右上はこんな感じ。

しみるという所見がある右上

左上の7番も少し頬がくっついていますが、その境目がわかります。

右上は…?

臼歯頬側は全体的に頬がくっつき、最後臼歯遠心には頬が乗ってきています。

別の患者さんでも、左上の6番がしみるという方は、このように左右差が認められます。

ちなみに右側を咬合面から見ると、このように頬との間に隙間があります。

このような患者さんに、左右でよく噛むよう指導したところ、しみる症状は緩和されました。

実際に私の臨床経験として、「しみる」という主訴で原因不明の方のほとんどが、非咀嚼側で起きていることが多いです。

血の通った暖かい頬が常に歯を温めているため、温度差に敏感になっている、というのは考えすぎでしょうか?

日本歯科医師会が提供する情報サイト「テーマパーク8020」でも、知覚過敏の原因について、以下のように述べられています。
(参照:知覚過敏-テーマパーク8020

通常、象牙質はエナメル質に覆われているので、こうした痛みを感じることはありませんが、極端に冷たいものなどではエナメル質の上からでも温度が内部の象牙質に伝わって、歯が痛みを感じることもあります。

頬に温められてもともとの歯の温度が高くなっていれば、冷たい物を食べたり飲んだりした場合、なおさらその温度差を感じるのではないでしょうか?

温度差によってしみることは、誰しも経験があるもの。

中でも「冷たいものがしみる」というのは、いちばん多い主訴です。

  • 起き抜けに飲むお水がしみる
  • 風呂上がりの冷たいビールがしみる
  • かき氷がしみる
  • 口呼吸していると前歯がしみる

など…

つねに温かい頬と舌で歯を包むような、筋力のない舌や頬を持った患者さんは、いろいろな意味で診断を難しくしています。

先ほど象牙質知覚過敏症の主な原因として挙げた、「① 不良なプラークコントロール」というのは、頬がくっついていれば自浄作用が低下して起こりうることだと思います。

そのため汚れやすく、良く磨くようになった結果「③ 歯頸部の実質欠損」を起こしやすく、荒い研磨剤がなくとも「④ 歯ブラシによる摩耗」を引き起こすということにも関連づけられると思います。

時々しみる、とか、違和感がある、といった「ちょっとした困りごと」のような問題の答えがはっきりしないのは、原因に個人差がありすぎるからではないかと思います。

歯石の沈着の原因のところでお伝えしたように、普段の食事や運動、生活習慣、口呼吸、舌との位置関係、舌小帯の長さ、唾液分泌量など、原因は一つではないということが、さらに問題をわかりにくくしています。

前回までで解説した

今まで付かなかったものが付くようになってきたのは、単に患者さんの努力不足だけが理由ではなく、舌がだんだんと落ちてきたり歯石がつきやすくなるような環境や生活になっているのではないか

というのと同じように、今までしみると言わなかった人にしみる症状がでているのはなぜなのか、と疑うことが、「患者の背景を探る」という意味だと考えています。

これも、今まで書いてきた機能低下のように、私が長年見てきた臨床実感であり、考察です。臨床をしていれば何度も目にする「よくある所見」のひとつです。

こうして自分の中の臨床経験の積み重ねからさまざまな分析ができるようになると、臨床って、仕事ってとてもたのしい!

以前お会いした衛生士さんの中に、「そうやって考えると、患者さんからなぞなぞを出してもらっている気がします」と言ってくださった方がいます。

患者さんも自分が見えない部分の指摘をされると、自分の日常生活に興味をもってくださるようです。

患者さんのためと一生懸命やることは、結果的に自分の人生を豊かにしてくれる。まさに、「情けは人のためならず」ですね。

このように歯科臨床は個別性が高いので、臨床結果を元にした帰納的推論が事実に近いと思っています。その背景における、知的探究を楽しんでいただけたら幸いです。

DH植田のワンポイントアドバイス

今後、コロナの影響で、今まで遭遇したことのないような所見が多く出てくると予想されます。

そしてそれは全身と繋がっていることから、口腔内を整えるだけでは難しい問題として、歯科関係者は今後大きな課題を強いられることになりそうです。

なるべく未然に防げるように、「今の問題のない状態」の記録を残し、機能低下の早期発見に尽くすのが、歯科衛生士の使命だと思います。

口腔機能低下の予兆を見つけられる歯科衛生士になろう

第1回 コロナ騒動で増えている「口輪筋の機能低下」
第2回 マスク着用で増えている「緩んだ口」を見つける
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第4回 唾液腺開口部に見える口腔機能低下 前編
第5回 唾液腺開口部に見える口腔機能低下 後編
第6回 Hysから見える口腔機能低下