国家試験をクリアし、病院や診療室に勤務するようになると、学生時代では想像もつかなかったさまざまなできごとに直面し、一日があっという間に過ぎ去ってしまうのではないでしょうか。
特に臨床現場に立つと、患者さんの多岐にわたる病態やニーズ、生活背景などの違いに圧倒され、「こんなこと学生時代に教わっていないよぅ」といった不安感や、時には「習っていないから無理」といった絶望感を抱いてしまうことがあるかもしれません。
実際、私自身もそう感じることが多々ありました。
しかし、歯科衛生士として臨床現場と学生教育に長年携わってきた現在は、考えかたが次のように180°変わっています。
「学生時代に学んだことって、すべて臨床に活かせることばかり!」
点と点が繋がることで線ができ、多くの線を繋げることで絵が描かれるように、学生時代に学んできた知識を一つひとつ繋いでいくと、目の前で繰り広げられるさまざまなできごとに対する「対応策」が見えてきます。
言いかえると、知識の繋ぎかたのコツさえつかめば、あなたの臨床上の課題や問題もクリアできるのです。
とはいっても、どうやって繋げていけばいいかわからないですよね。
そこで本連載では、毎回ひとつの歯科専門用語を取り上げ、その専門用語を軸に臨床に役立つ知識を繋げていこうと思います。
本連載を例に、改めて学生時代に学んだ知識を確認しながら繋ぎ、日常臨床にうまく落とし込んでいただければと思います。
連載第1回目となる今回のテーマは、「CEJ」です。
基本の整理
1)そもそも「CEJ」って?
「CEJ」と聞いて、皆さんは何をイメージされますか?
CEJはCement Enamel Junctionを略したもので、「セメントエナメル境」のことです。読んで字のごとく、セメント質とエナメル質の境目ですね。
そもそもCEJは健康な歯周組織であれば歯肉縁下に存在しており、歯肉退縮(リセッション)を起こさないかぎりお目にかかれません。
しかし歯科医院を訪れる患者さんの歯周組織の状態が「組織学的な健康歯肉」であることは少なく、健康な歯肉でも歯肉辺縁とCEJの位置がほぼ同じであることも多いようです。
2)CEJには3つの形態がある
セメントエナメル境の境界部は、
- エナメル質からセメント質にきっちり切り替わっているものが30%
- エナメル質の上にセメント質がほんの少し乗り上げているパターンが60%
- もともと象牙質の露出が見られるパターンが10%
といわれています。
3)日常臨床におけるCEJの活用場面
CEJはクリニカルアタッチメントレベル(Clinical Attachment Level:CAL)計測時の指標として用いられます。
CALは、歯肉辺縁よりポケット底部までを測定するプロービングポケットデプス(PPD)と異なり、CEJからポケット底部までを測定します。
CALを計測することで、「アタッチメントロス」や「アタッチメントゲイン」といった、付着歯肉の変化を評価することができます。
PPDだけでは付着歯肉の変化を把握することはできないため、実際に患者さんの歯肉を診ていくうえでは、CALを意識することが大事です。
CEJとDH臨床との関係
ここまでCEJについて、「辞書的に」解説してきました。ここからは歯科衛生士臨床とCEJの関係について、整理してみましょう。
1)CEJが見える=リスクが高い
さきほど「CEJは歯肉退縮を起こさないかぎり見えない」と解説しましたが、そもそも「CEJが見える」ということは「大きなリスクが存在している」といえます。
それは、「CEJが見える位置まで根面が露出している部分のセメント質は喪失していて、象牙質が露出していることが多い」ということです。
象牙質が露出した根面は、根面う蝕のリスクが高まります。
また、付着歯肉の構成要素である結合組織性付着はセメント質がなければ成立しないため、ひとたびセメント質を失ってしまうと、いくら歯周治療を試みたとしても長い上皮性付着*でしか回復は期待できません。
*付着はしやすいものの、ちょっとした刺激で剝がれやすい性質があります
このように、本来見えないはずのCEJが見えるということは、「何らかの問題が生じている」状態であるということ。
根面う蝕の発症や、結合組織性付着部の減少という「リスク」があると捉え、「この部位は慎重な対応が必要」と受け止めることが大切です。
2)露出したCEJ付近のセメント質を破壊しているのは誰か?
では、露出したCEJ付近のセメント質は、なぜ喪失してしまうのでしょうか?
その原因として「患者さんによるオーバーブラッシング」が考えられますが、もうひとつ重大な原因があります。それは、過度な歯周治療の繰り返しなどで起こるオーバーインスツルメンテーションです。
皆さんは、CEJ付近の組織の走行を覚えていますでしょうか?
エナメル質や象牙質は放射状に組織が走行しているのに対し、CEJ付近のセメント質(無細胞セメント質)は層板構造という「バームクーヘン」のようなとても剝がれやすい構造を呈しています。
つまり、必要以上の圧をかけて下から上に引き上げるインスツルメンテーションを頻回に行ったとしたら、CEJ付近のセメント質は容易に剝がれ落ちてしまうのです。
セメント質が失われることによるリスクは上述したとおりです。つまりインスツルメンテーションに際しては、その医療行為が疾患の原因(医原性疾患の原因)になるおそれがあることを十分認識して、慎重に臨むことが大切です。
3)みんなで繊細な感覚を研ぎ澄まそう!
ここまでの解説から、CEJ付近の解剖学的形態を守ることが、その後のリスクの増加を防止するうえで大切な要素であることがわかると思います。
特に、歯の保存と医原性疾患の防止を実現するためには、私たちのインスツルメンテーション能力の向上がきわめて重要といえるでしょう。
しかし、「言うは易く行うは難し」なのがインスツルメンテーション。
そこでここでは、CEJ付近の解剖学的形態を守るインスツルメンテーションについて、2つのノウハウをお伝えします。
① 探知能力を磨こう!
インスツルメンテーションに際しては、その目的に応じて側方圧に差をつけます。しかし、歯肉縁下など目視できない部位の場合、どこでどれだけの側方圧が必要になるか、直感的にわかりません。
だからといって「大は小を兼ねる」のノリで施術してしまうと、オーバーインスツルメンテーションを引き起こす可能性があります。
適材適所で側方圧を使い分けるためには、根面の探知が欠かせません。施術に先立って、根面を探知する習慣を持ちましょう。
探知に際しては、探知用の繊細なインスツルメントを用いることがポイントです。
筆者が推奨する探知専用のインスツルメントは、11/12 LMフレックスプローラー(取り扱い:白水貿易株式会社)と、ぺリオプローブWHO(取り扱い:株式会社 YDM)です。
軽いタッチで根面を触っていくことで、歯肉縁下にあるCEJの位置や歯石の状態も的確に把握することができるでしょう。
歯肉縁下の状態がつかめれば、インスツルメントの当てかた、側方圧のかけかた、ストロークの方向などをイメージすることができ、より慎重な対応ができるようになるはずです。
② 院内でキャリブレーションしよう
個々の歯科衛生士がバラバラに技術を学んだとしても、歯科医院内で統一した基準がなければ、何をもってゴールとすべきかが定まりません。
これはSRPにも当てはまります。そこで、歯石探知の練習やSRPの練習を、院内全員で行うことをオススメします。
たとえば上述した探知では、同じ抜去歯の除石前後の感触をみんなで確認しあうことで、同じゴールを共有することができるでしょう。
ゴールを共有できれば、たとえ患者さんを引き継いだとしても同じ施術を提供することができるため、途切れることのないケアを継続することができます。
このように歯科医院全体で技術を調整・統一することを「キャリブレーション」といい、提供する歯科医療の質の向上に寄与します。
個々の勉強や努力も大切。しかしチーム全員で技術を調整・統一すれば、歯科医院全体の医療の質が格段に向上するのです。
第1回のまとめ
今回は「CEJ」に焦点を当てて解説してきました。
辞書的には「セメント質とエナメル質の境目」としかいいようのない場所でも、臨床では歯の保存を左右するとても大事な場所であることが理解できたかと思います。
CEJの大切さを理解できれば、きっとCEJを守る方法を考えるようになるでしょう。
それは、今回解説した探知やキャリブレーションだけでなく、シャープニングや超音波スケーラーの使いかたなど、より広く、さまざまな領域に広がっていきます。
学生時代に学んだ「点」が繋がり、「歯を守る」という歯科衛生士臨床のゴールへの道が形作られていることに気がついていただければ幸いです。
次回は「ステファンカーブ」について解説します。