口腔機能低下の予兆を見つけられる歯科衛生士になろう 第5回 唾液腺開口部に見える口腔機能低下 後編

口腔と体の繋がりと機能低下に強い関心があり、超合理主義の臨床衛生士、植田です。

前回、なぜ歯石が付くのか、という疑問について書きました。

前回はこちら

第4回 唾液腺開口部に見える口腔機能低下 前編

これまで定期的に患者さんを診ていて、どうして毎回毎回同じ場所に磨き残しがあるのかと、不思議に思っていました。

24時間唾液が出ないってことはありえない。

気を付けて磨いているはずなのに、唾液腺の開口部だけ2週間のうち1回も歯ブラシが当たらないってことが続くなんてことがあるのか?

生えたばかりの永久歯を、毎日磨いているお母さんが磨き残すなんてあるのだろうか?

ではなぜそこに付くのか?

それは、そこの部位だけ早く歯石になる要素があるのではないだろうか?と。

口腔機能低下の予兆を見つけられる歯科衛生士になろう 第5回 唾液腺開口部に見える口腔機能低下 後編

唾液腺開口部に見える口腔機能低下 後編

こんな歯石、よく見かけますよね。

① 下顎前歯舌側

歯石の好発部位とされているところです。

左右の下顎1番だけに歯石が付着している
左右の下顎1番だけに歯石が付着している

② 矯正中の女の子

お母さんに毎日ブラッシングをしてもらっています。

ブラッシングしてもらっているのに、下顎前歯の1番だけに歯石が付着している
ブラッシングしてもらっているのに、下顎前歯の1番だけに歯石が付着している

このおふたりとも、特殊な例ではないのは皆さんもよくご存じですよね?

① の人は、隣在歯にまったく汚れがないのに、左右の下顎1番だけを磨き残した、あるいは磨くのが下手だったと思いますか?

② の女の子は、生えたばかりの永久歯である下顎前歯の1番だけ、毎日磨いているお母さんが磨き残しているなんてありえるのでしょうか?

ここで、部位特異的に歯石ができるのは、時間的な要素を促進させる「何か」があると仮説を立ててみます。

舌位の低下が歯石の付着を促すという仮説

先ほどのお二人の正面観です。

歯列の隙間から舌の表面が見えているのがわかりますか?

舌位の低下が歯石の付着を促すという仮説

② の女の子はもっとわかりやすいですね。

舌位の低下が歯石の付着を促すという仮説

本来の舌位なら、真っ暗に見えるか、見えたとしても舌の裏側が見えるはずです。

また、過蓋咬合の方も、このように下顎前歯に歯石がみえることが多くあります。

舌位の低下が歯石の付着を促すという仮説

咬合高径が低い過蓋咬合の場合も、必然的に舌が低位置となります。

これはあくまで仮説ですが・・・・

舌が低位置にあると、唾液腺開口部である舌下小丘を舌が蓋する状態となり、その下で唾液が停滞しやすい環境になるのではないでしょうか?

本来なら、舌は上顎についており、嚥下のたびに舌下から唾液が出て洗い流す働き(=自浄作用)があります。

しかし、低位となった舌が蓋をすることで、唾液の流れは堰き止められる。カップの内側にコーヒーの汚れが付くように、下顎歯列弓の内側で、舌と歯牙との隙間を埋めるように唾液が停滞するのです。

その結果、堰き止められた部位にのみ唾液中のカルシウムやリンが常時添加され、他の部位よりも速いスピードで石灰化が進む。

その唾液が舌の位置の問題で下顎に溜まりやすくなるため、自浄作用の低下も手伝って汚れていく。

そして、早く石灰化が進み、歯石となるのではないでしょうか?

もう少しわかりやすい例として、この写真は下顎歯と舌の形態が一致しています。

舌が常時下顎前歯舌側に位置しているように見えないでしょうか?

下顎歯と舌の形態が一致している写真

つまり、唾液腺開口部だから歯石が付きやすいのではなく、唾液腺開口部付近にその流れを堰き止める舌があるから、歯石が付くのではないか、ということです。

これは、前回の「可撤式装置から見える口腔機能低下」にも書いた、義歯やマウスピースの大臼歯あたりが汚れやすいのと同じ理由です。

主訴の中に機能低下を疑わせるようなことがあれば別ですが、ほとんどの人が、担当している患者さんの機能低下のはじまりを自覚していないように感じます。

浴室にあるシャンプーの底が汚れているのは、誰もが目にしたことがあると思いますが、汚れは接地面ではなく、流れが滞る内側に付いていますよね。

シャンプーの底の汚れは内側に付着する
シャンプーの底の汚れは内側に付着する

唾石ができる原因も、導管の炎症や唾液の停滞、さらに唾液の性状の変化などです。
(参照:唾石症(だせきしょう)-公益社団法人 日本口腔外科学会

「歯石はプラークが石灰化したものであり、その石灰化は条件が揃うと数時間で開始する」ということは、歯科衛生士学校の教科書にも書いてあります。

また、舌位が下がっているからといって誰しも歯石が付くわけではない理由は、唾液の成分は血液成分によって変わり、プラークの量は糖分の摂取量によって変わるからです。

このように、普段の食事や運動、生活習慣生、口呼吸、舌との位置関係、舌小帯の長さ、唾液の分泌量など、歯石が付く原因は、ひとつではないということです。

そしてさらに、最近は長期のマスク装着により口呼吸・口唇閉鎖不全が増え、ステイホームで活動量が減少し、その結果運動量が低下し、筋肉量が減っています。

また、長期保存できる麺類の食事が増えて噛む回数も減り、口腔内をとりまく環境は今まで以上に厳しくなってきています。

今まで付かなかったものが付くようになってきたのは、単に患者さんの努力不足だけが理由ではなく、舌がだんだんと落ちてきたり歯石が付きやすくなるような環境や生活に変化しているのではないか、と疑ってほしい。

それが「患者さんの背景を探る」という意味だと考えています。

生物はとても合理的にできています。

歯を磨く動物がいないように、本来ならば人間も他の動物と同じように磨かなくてもきれいになる機能を兼ね備えているはずなのです。

歯を磨く動物は人間だけで、口で呼吸する動物も人間だけです。

人間が歯磨きをする必要があるのは、特殊なものを食べ、野生とはほど遠い生活をしているからこそだと感じます。これは、私が長年見てきた臨床実感であり、考察です。

エビデンスはなくとも、現場にいる人なら何度も見たことがあるはずの「よくある所見」を、私なりに考えてみました。

同じ医院で長く働くということは、同じ人を長く診続けるということです。

「かかりつけ医」が大切な理由は、そんなちょっとした変化を見つけることができるからではないでしょうか。

単に結果だけを見ず、「臨床経験」という引き出しからさまざまな分析ができるように、普段から目の前の患者さんをよく観察しましょう。

DH植田のワンポイントアドバイス

お家で運動できない、ジムに行けないという人には、ラジオ体操をおすすめします。

筋肉をどんどんつける、ということができなくても、今持っている筋肉を落とさない努力をされるといいのではないでしょうか。

YouTubeなどでもお手本を閲覧できますので、ぜひ挑戦してみてください!

口腔機能低下の予兆を見つけられる歯科衛生士になろう

第1回 コロナ騒動で増えている「口輪筋の機能低下」
第2回 マスク着用で増えている「緩んだ口」を見つける
第3回 可撤式補綴装置から見える口腔機能低下
第4回 唾液腺開口部に見える口腔機能低下 前編
第5回 唾液腺開口部に見える口腔機能低下 後編