歯科医院における感染管理 第4回 手指衛生

みなさまこんにちは、歯科衛生士の柏井伸子です。

感染管理学はリスク分析の学問といわれています。

このシリーズでもお伝えした「滅菌」に関しても、滅菌物の微生物残留をゼロにすることは難しいもの。

そのため、無菌に近づけることを目標とした「無菌性保証水準(sterility assurance level:SAL)」を設け、滅菌前に付着している初期微生物数(バイオバーデン)を減数する方法が採用されています*1

なお、このSALの基準値は「ログリダクション」の考え方をもとに、国際的に10-6(100万分の1)と定められています。

前回まではこちら

第1回 使用済み器材の適正管理〜洗浄〜
第2回 使用済み器材の適正管理〜滅菌〜
第3回 使用済み器材の適正管理〜環境設定〜

現在は新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、医療従事者以外でもアルコール製剤を用いて手指衛生に心がけることが推奨されています。

これまで、幼稚園や小学校においても、手洗いを習慣づけようという取り組みはなされてきました。

しかし、使用する石鹸がネットに入って蛇口近くにつり下げられていたり、拭きあげるタオルが使いまわしだったりと、問題は散見されます。

いくら石鹸を使用して手洗いをしても、私たちの手を滅菌することができないことからもわかるように、拭きあげる際の手指には微生物が残留している危険性があり、タオルの使いまわしにはリスクがあることがお分かりいただけますよね。

では、医療現場でのプロフェッショナルのための手指衛生について考えてみましょう。

1:感染管理は手洗いから
2:手指衛生の必要性
3:医療現場における手指衛生
4:まとめ

1: 感染管理は手洗いから

一般家庭や公共施設とは異なり、医療現場においては、免疫力の低下している可能性のある「患者」さんに医療サービスを提供します。

みなさまの施設でも、高血圧症や糖尿病などの全身疾患に関しては、医療面接などで確実に情報を取得していらっしゃることでしょう。

しかしながら、何らかの感染症を有しながらも無症状の状態、いわゆる潜伏期間の「ウインドウ期」にある場合、自己申告しようがないという点が問題です。

そこで、これまでもお伝えしてきたように、すべての患者さんが感染の危険性を有している「標準予防策」という考え方が必要となります。

連日、家庭内感染の問題が報道されています。

無症状の若年者から高齢者への感染が問題視されるのは、何らかの全身疾患を有していて「易感染性」となっている高齢者を優先的に守らなければ、重症化するリスクがあるとされているからです。

2:手指衛生の必要性

歯科衛生士養成機関において、手指の汚染状態を染め出す実習を行うと、「ギャーッ、きったなーい!」という叫び声が沸き立ちます。

特殊な染料含有のローションを塗布した後に手を洗い、ブラックライトに当てると、このように染料が反応し、落とし切れていない部分が染め出されます。

手洗い実習時の染め出し
手洗い実習時の染め出し

WHO(World Health Organization)の調査によると、医療従事者の手において、1平方センチメートルあたり4万〜460万個の微生物が存在していたという報告があります*2

通常、ヒトの皮膚には1平方センチメートルあたり100万個以上の微生物が存在しています。

感染を予防し拡大を防止するためには、優先順位を考えて手指衛生という身近なところからはじめるべきでしょう。

なぜならば、感染経路には「飛沫感染」・「空気感染」・「接触感染」があり、手指に付着している病原性微生物の人体への侵入経路が目・鼻・口の粘膜からであれば、その対応が必要となるからです。

3:医療現場における手指衛生

さらにWHOでは、手指衛生に関して「医療現場における5つのタイミング」を提唱しています*2

具体的には

  1. 患者への接触前
  2. 清潔操作の前
  3. 体液に曝露されたおそれのある時
  4. 患者への接触後
  5. 患者周辺環境への接触後

となり、飛沫発生リスクが高い歯科処置においては、観血/非観血に関わらず、常に意識的に手指衛生を心がけたいものです。

水回りが無い場所でも容易に手指衛生が実践できるような身支度を心がける
水回りが無い場所でも容易に手指衛生が実践できるような身支度を心がける

また、可能な限り汚染のリスクを下げるために、手指衛生に注意するのは医療従事者だけでなく、来院する患者さんにもご協力をいただくことが重要です。

施設外の入口付近に設置した消毒薬ディスペンサーを使用し、消毒をしてからドアに触れるように協力を求めるようにしましょう。

施設外の入口付近に設置した消毒薬ディスペンサーを使用
施設外の入口にアルコール製剤を設置

さらに、WHOの手指衛生ガイドラインでは、手指衛生を行うタイミングについて以下の記載があります。

患者に接する前後、
手袋装着・非装着に関わらず処置に侵襲的器材を扱う前、
体液あるいは浸出液・粘膜・正常でない皮膚に触れた後、
同一患者の処置中に汚染部位から他の部位へ移動する前、
医療設備を含めた患者に近い無生物表面や対象物に降れた後、
滅菌手袋あるいは未滅菌手袋を脱いだ後

当院では、上記のタイミングすべてで、擦式アルコール製剤を用いた手指衛生の実践を推奨しています*2

グローブを外した後は、自分の常在菌に感染しないよう、使用手順に基づき必要量のアルコールを擦りこむ習慣をつけましょう。

手指衛生には3~5mlのアルコール製剤が必要とされており、目安としては手のひらいっぱいになるように取り出します。

アルコール製剤の必要量
アルコール製剤の必要量

4:まとめ

4回にわたり、歯科臨床における「感染管理と予防」について解説させていただきました。

まずは施設ごとに現状を見直し、問題点や要改善点があれば優先順位をつけて、できることからはじめていきましょう。

患者さんに笑顔で元気に接するために、ぜひスタッフ全員で体制づくりに取り組んでみませんか?

参考文献:
*1 一般社団法人日本医療機器学会監修(2014年)『改訂第4版 医療現場の滅菌』株式会社へるす出版.
*2 WHO Guidelines on Hand Hygiene in Health Care First Global Patient Safety Challenge Clean Care is Safer Care-WHO

 

歯科医院における感染管理

第1回 使用済み器材の適正管理〜洗浄〜
第2回 使用済み器材の適正管理~滅菌~
第3回 使用済み器材の適正管理〜環境設定〜
第4回 手指衛生