現在日本では、8020運動や健康日本21などといった、さまざまな口腔の健康に対する政策が立てられています。
また、WHOにおいても、2003年に「2020年までの口腔保健に関する国際目標」が提示されるなど、世界中で口腔疾患を予防するための動きがみられます。
他の国ではどういった政策が立てられているのでしょうか?
この連載では、イギリスの保健省のひとつであるPublic Health England(英国公衆衛生庁)から2017年6月14日に発行された、イギリスの「Health matters: child dental health(健康問題:小児の口腔衛生)」というガイダンスについて解説していきます。
この取り組みから、イギリスの歯科事情について一緒に学んでいきましょう♪
これまでの記事はこちら
No.1『小児のう蝕罹患率』
No.2『小児う蝕がもたらす影響』
No.3『小児う蝕の予防をすすめる理由』
う蝕予防の方法とは?
子どもの口腔衛生の改善には、国や地域の政策、医療や家庭、飲食業界にいたるまで、社会全体で行動を起こし、アプローチする必要があります。
地方自治体は、その地域に住む人々の口腔衛生を改善する役割をになっていますが、個人にもそれぞれの役割があると考えられています。
それでは、具体的な方法として、どういったものがあるのでしょうか?
口腔衛生に対する親へのアドバイス
乳児のために
イギリス政府では、生後6ヶ月ごろまでの母乳育児を推奨しています。
母乳育児でない場合、胃腸炎や呼吸器感染、中耳炎といった感染症のリスクが増加します。現在のエビデンスでは、母乳育児は生後12ヶ月までの乳児のう蝕リスクの減少に関連していると示唆されているようです。
そのため、助産師や保健師などの医療従事者は、女性に対して母乳で育てることをサポートし、すすめるべきといいます。これには、母乳育児を促進させるための適切な環境を作ることが極めて重要であるとのこと。
UKユニセフの取り組みのひとつ「The UNICEF Baby Friendly Initiative」では、強力なエビデンスに基づくマニュアルを提供し、母乳育児への包括的なアプローチをすすめています。
母乳または乳児用フォーミュラを用いた育児とともに、生後6ヶ月ごろからは離乳食も導入されるべきといいます。
* 乳児用フォーミュラについては、前回の記事で紹介しています。
(参照:海外の歯科事情を知る!イギリスの小児におけるう蝕予防について No.3)
また、PHEは、育児に対して以下のことを推奨しています。
- 母乳は、生後6ヶ月ごろの乳児に必要な唯一の飲み物であり、フォーミュラは唯一の代替品である。
- 哺乳瓶のミルクで育てられた乳児は、生後6ヶ月からフリーフローカップを使用するべきであり、哺乳瓶は生後12ヶ月以降は哺乳瓶を使用するべきでない。
- 乳児には母乳またはフォーミュラ、また煮沸された水のみをボトルで与えるべきである。
- 食事中にはミルクか水のみを与え、食べ物や飲み物に追加で砂糖を加えることは避けるべきである。
※ フリーフローカップとは、「ベビーマグ」や「スパウトマグ」とよばれる乳児用の「飲む」トレーニングを行うためのコップです。
すべての子どもたちのために
イギリスには、口腔および全身の健康を増進するため、健康的な食事のアドバイスを日常的に行う「Scientific Advisory Committee on Nutrition (SACN)」という機関があります。
SACNが主に推奨したいことは、すべての子どもに対して「遊離糖類を含んだ食べ物や飲み物の量を減らす」ことです。
彼らが提唱する定義では、
遊離糖類とは、製造業者や料理人、または消費者によって食べ物や飲み物に加えられるすべての糖類、それに加えてハチミツに含有される自然の糖類、あらゆる種類のシロップ、糖類を添加していないフルーツジュースなども含まれる。
しかし、牛乳に存在する糖類、乳製品やフルーツ、野菜などに含まれる糖類は含まない。
とされています。
また、イギリスには低所得の家庭に向けたサービス『ヘルシースタート券』というサービスがあります。『ヘルシースタート券』とは、ある一定の条件を満たす妊婦、もしくは4歳以下の子どもをもつ家庭がもらえるサービス券です。
妊婦と1〜4歳の子どもには、1週間につき3.10ポンド(=約400円)のサービス券が1枚、1歳以下の子どもには2枚もらえます。 このサービス券は、牛乳やスキムミルク、フォーミュラだけでなく、果物や野菜の購入にも使えます。
また、PHEは、すべての子どもたちに推奨されるう蝕予防の方法として、以下のことをあげています。
- 遊離糖類を含む飲食物の量と摂取頻度を減らし、食事中のみ甘いものやドライフルーツを与える。
- 砂糖がいっぱい入った炭酸飲料やジュースは、子どもの毎日の食事にふさわしくない。
- 子どもが飲むフルーツジュースやスムージーの量を、1日150ml以内に制限し、食事中に飲ませる
- 薬を処方される場合は、シュガーフリーの薬がないかを尋ねる
糖摂取の削減
SACNは、2歳以上のすべての年齢層における遊離糖類の平均摂取量が、1日の総エネルギー摂取量の5%を超えないことを推奨しています。しかし、イギリスの子どもたちはこの2〜3倍の量の糖類を摂取しており、これは健康に有害な影響を及ぼしているといえます。
そこでPHEでは、子どもたちがもっとも食べるものから糖類を取りのぞくために、大掛かりな『糖類削減プログラム』が計画されました。
小売業者や製造業者、外食部門といったすべての飲食業界は、子どもたちの糖摂取にもっとも関与する9つの商品に含まれている糖類について、2017年8月までに5%、2020年までに全体の糖類の20%を削減するという計画が立てられました。
これらの商品には、シリアルやヨーグルト、クロワッサンやパン、マフィンといった朝食として食べるものから、ビスケット、ケーキ、キャンディーやチョコレートといったお菓子類、プリン、アイスクリーム、甘いジャムやソースも含まれます。
PHEは、企業ができる行動として、以下のことをあげています。
- 食べ物に含まれている糖類の量を減らす
- 一人前の量を減らす
- 消費者が購入するものを低糖、無糖の食べ物に移行させる
PHEは、すべての製造部門で糖類20%削減の達成をめざし、6ヶ月ごとに更新される記録によって進捗を確認するようです。
清涼飲料への課税
イギリス政府は、清涼飲料製造業者に対して、100ml中5g以上の糖類を含んだ飲み物が2018年4月から課税対象となることを発表しました。
最大35gの糖類を含むことができる330mlの缶ジュース1本は、子どもに推奨される1日の糖摂取量を容易に超えます。そのため、製造業者に糖類の量を削減することと、消費者により健康的な選択を促すことを目的に制定されました。
基準をクリアしたすべての飲み物は課税対象外となり、PHEの糖類削減プログラムの一部となるようです。
製造業者の中には、すでに政策を実施している業者もありますが、課税の施行については、最初の告知から2年間の猶予期間が与えられました。
まとめ
今回の記事では、ガイダンスに記載されているう蝕予防の方法として、① 母乳またはフォーミュラを用いた育児の推奨、② 低所得の家庭に向けた『ヘルシースタート券』というサービス、③すべての飲食業界を対象とした糖類削減プログラム、④清涼飲料製造業への課税について紹介しました。
これらの施策について共通していることは、国民の生活にダイレクトに関係するということです。
日本でも糖類を含まない商品が開発されていますが、「ノンシュガー」や「シュガーレス」と記載されていても、代替甘味料が含まれているものが多いというのが現状です。
「甘い清涼飲料にも、タバコやお酒と同様に課税する」というのは、少々強引な制度に感じるかもしれませんが、これほどの強制力がなければ、根本的な解決にいたりにくいのかもしれません。実は、「砂糖税」はイギリス以外の国でも実施されています。
(参照:世界各国で検討される砂糖飲料税)
日本では、今後う蝕に対してどういった対策が行われるのか、どういった制度が導入されるのかについて、より注目していきたいと思います。
次回は、口腔衛生の改善に効果的な介入について詳しくお伝えします。
参考文献:GOV.UK Public Health England(2017)「Guidance Health matters: child dental health」
イギリスの小児におけるう蝕予防について
No.1『小児のう蝕罹患率』
No.2『小児う蝕がもたらす影響』
No.3『小児う蝕の予防をすすめる理由』
No.4『う蝕予防の方法』