現在日本では、8020運動や健康日本21などといった、さまざまな口腔の健康に対する政策が立てられています。
また、WHOにおいても、2003年に「2020年までの口腔保健に関する国際目標」が提示されるなど、世界中で口腔疾患を予防するための動きがみられます。
他の国ではどういった政策が立てられているのでしょうか?
この連載では、イギリスの保健省のひとつであるPublic Health England(英国公衆衛生庁)から2017年6月14日に発行された、イギリスの「Health matters: child dental health(健康問題:小児の口腔衛生)」というガイダンスについて解説していきます。
この取り組みから、イギリスの歯科事情について一緒に学んでいきましょう♪
これまでの記事はこちら
No.1『小児のう蝕罹患率』
No.2『小児う蝕がもたらす影響』
なぜ口腔衛生の改善に投資するのか
歯科疾患のほとんどは予防できる疾患です。
ところが、歯科医療費にはかなりのコストがかかっており、国民健康保険の中でも多くの割合を占めています。イギリスの国民健康保険における歯科医療費には、民間の保険料23億ポンドを含めて、年間推定34億ポンド(=約4,930億円)もの費用がかかっています。
2015〜2016年度においては、0歳から19歳までの抜歯費用に約5,050万ポンドもの費用がかかり、抜歯理由のほとんどがう蝕によるものだったとのこと。
中でも、5歳未満の子どもたちにおいては、抜歯によって入院した9,306人のうち、7,926人がう蝕によるもの。約780万ポンドの費用がかかったようです。
そこで、子どもたちが歯科疾患によって苦しむ時間を減らすために、う蝕を予防しながら長期的にコストを削減できる、費用対効果の高い取り組みが考えられました。
たとえば、対象となるコミュニティーに対する「高濃度フッ素塗布プログラム」は、5,000人の子どもに対して、3,049日分の登校日を増やす効果があるとのこと。
PHEは、この取り組みによる投資額が、5年後には1ポンド毎に2.29ポンドのリターンになり、10年後にはそれが2.74ポンドにまで到達すると推計しました。
2016年にPHEは出資者とともに、すべての子どもたちの口腔衛生状態を向上すること、恵まれない子どもたちとの口腔衛生状態の差を埋めることを目標とし、「小児口腔衛生推奨プログラム委員会」を立ち上げました。
当委員会のかかげる志のひとつに、「すべての子どもたちにとって、カリエスフリーで成長することは、ベストな人生のはじまりである」といったものがあります。
う蝕予防は、政府の小児肥満対策の戦略としても活用され、健康格差をなくし、社会的公正にも役立つといわれています。
う蝕のリスクファクター
う蝕は、プラーク中のバクテリアが糖分を代謝するときに、口腔内に産生する酸によって、歯牙の硬組織が破壊されることで生じる疾患です。歯は、長時間くり返し酸に侵襲されると、最終的に穴があき、痛みや感染を引き起こします。
う蝕のリスクは、母乳または糖分ゼロのフォーミュラ以外の飲食物を子どもが食べはじめたときから増えます。
※ フォーミュラとは、母乳の成分を含むよう調合されたミルクで、乳児の発育に必要な栄養素が配合調製されています。ミルクアレルギーの赤ちゃんにも飲ませることができ、乳糖を含みません。
(参考:株式会社 明治HP『エレメンタルフォーミュラはどのようなミルクですか』)
歯をもつすべての子どもにう蝕のリスクがありますが、貧困地域に住む子どもは、よりう蝕のリスクが増え、成長に悪影響を与えるとのこと。
よりう蝕の発症リスクが上がる子どもの特徴としては、以下のことがあげられています。
- 貧しい食生活
- フッ素入り歯磨剤を用いてのブラッシングが1日2回以下
- 貧困な家庭環境
そのため、貧困地域に住む子どもは、よりう蝕のリスクが増え、成長に悪影響を与えるとのこと。
日本との比較
イギリスの歯科医療費には、年間推定34億ポンド(=約4,930億円)の費用がかかっています。それでは、日本の歯科医療費にはどれくらいの費用がかかっているのでしょうか。
厚生労働省が発表した平成24年度のデータによると、日本の歯科医療費は年間2兆7,132億円とのことでした。
(参照:歯科医療について(その1)-厚生労働省)
現在、イギリスの人口は6,687万人で、日本の人口は1億2,618万人です。したがって、日本はイギリスの約2倍の人口でありながら、5倍以上の歯科医療費がかかっているということになります。
イギリスに比べると、日本は国民に対してかなりの歯科医療費がかかっているといえるでしょう。
まとめ
イギリスは、人口が日本の約2分の1で、歯科医療費が日本の約5分の1であるにも関わらず、膨大な歯科医療費に対して危機感をもち、今回のガイダンスを発表しました。
このガイダンスからは、医療費がどんどん高くなっている日本おいても、学ぶべきことがたくさんあるのではないでしょうか。
日本の歯科医院で働いていると、家庭環境によるう蝕罹患率のちがいを感じることがあるかと思います。
このガイダンスを通して、私たち歯科医療従事者ができること、社会全体として取り組めることについて、あらためて考えるきっかけになればと思います。
次回は、う蝕予防の方法について詳しくお話しします。
参考文献:GOV.UK Public Health England(2017)「Guidance Health matters: child dental health」
イギリスの小児におけるう蝕予防について
No.1『小児のう蝕罹患率』
No.2『小児う蝕がもたらす影響』
No.3『小児う蝕の予防をすすめる理由』