11月1日(日)、臨床歯科麻酔管理指導医/臨床歯科麻酔認定歯科衛生士の認定講習・認定試験、記念すべき第1回目が熊本県で開催されました。
この認定講習は、一般社団法人日本歯科医学振興機構(以下JDAと略)によって制定されているもの。
(参照:臨床歯科麻酔認定歯科衛生士ってどんな資格?)
歯科医師および歯科衛生士の知識と技術の『拡大』を目指して、歯科医療の法的解釈を精査し、歯科医師と歯科衛生士に認められた業務範囲を明らかにするとともに、確かな技術の習得を支援することを目的として開催されています。
私が歯科衛生士専門学校の学生時、「日本では歯科衛生士が麻酔を行うことはできないが、スウェーデンの歯科衛生士は麻酔を行うことができる」と教えられました。
当時の私は、何の疑いも持たずに「日本の歯科衛生士は麻酔ができない」と信じていました。そして、信じてこれまでを過ごしてきました。
あれから30年。
JDAによって「歯科衛生士による麻酔の認定制度」が設立されたという情報を聞いたときは、思わず歓喜してしまいました。
きっと、多くの歯科衛生士が歓喜したのではないでしょうか。
しかし、麻酔を患者に行うということは、劇薬を体内に注入するということであり、知識や技術、経験が伴わないと、大きな問題が発生します。
そのため歯科医師と歯科衛生士は、法律を十分に理解した上で、慎重に施術するという責任が課せられます。
今回の認定講習は、そういった大切なことを丁寧に学ばせていただく機会となりました。
認定講習レポート
講師はJDAの理事をつとめる坂元彦太郎先生をはじめ4名の歯科医師と、顧問弁護士の伊山俊太郎先生。
坂元先生は、2019年に起こった歯科医療従事者11名が無資格者によるレントゲン撮影の疑いで書類送検された事件をきっかけに、安全で効率の良いレントゲン照射装置を開発。その際、法律について深く学ばれた歯科医師です。
講習内容は、
- 歯科関連法令
- 局所麻酔に必要な知識と技術
- 局所麻酔に必要な患者管理
- 実習手技解説
- 実習
で構成されていました。
ネットの情報を鵜呑みにしていませんか?歯科に関連する法律を学ぶ
「① 歯科関連法令」では、多くの方が疑問に思ったであろう「本当に歯科衛生士は麻酔ができるのか?」という問いに対して、JDAの講師陣が明確な答えを示しました。
これは講習会の根幹となる部分ですので詳細を割愛しますが、歯科関連法令の講習だけでも受講費以上の価値があるように思いました。
JDAは「LEBM(法的根拠に基づいた医療)」の重要性を提唱しており、歯科衛生士による麻酔が可能と考える根拠をたくさん提示。その根拠として挙げられた内容は、インターネットにあふれる不確定な情報ではなく、すべて公的な情報でした。
私たちは日常臨床ではエビデンスが重要と連呼しながら、法律のこととなると簡単にインターネットの情報を鵜呑みにし、踊らされてしまっているということを知りました。
また、講習では歯科衛生士法が制定されてからの歴史が、時系列でまとめられており、非常に興味深いものでした。
歯科衛生士でありながら知らないことが多く、歴史を学ぶことで、より歯科衛生士という仕事を深く考えるきっかけになりました。
歯科診療の補助としての歯科医行為は、歯科医師と歯科衛生士の相互理解と信頼がなければ成立しません。
歯科衛生士は歯科医師に能力を認めてもらい、指示を出してもらえるような力を身につけるため、日々研鑽を積まなければならないとあらためて思いました。
そして、患者のためにという真摯な思いを持ち、責任を持って診療に向き合うことが大切であると思いました。
局所麻酔に必要な知識とテクニックを学ぶ
「② 局所麻酔に必要な知識と技術」では、局所麻酔の効果と作用機序、解剖学的知識、浸潤麻酔や表面麻酔に使用される麻酔薬、その特徴と適応・禁忌について学びました。
麻酔薬に含まれる成分と全身的な影響や、小児、妊婦、高齢者、循環器疾患を有する患者の特徴と適応を知らずに、作業として麻酔を行うようなことがあれば、大きな問題を引き起こす可能性があります。
学ぶことにより、その怖さを知り慎重になることは、医療人として必要なことだと感じました。
「③ 局所麻酔に必要な患者管理」では、最初に医療業務における責任について言及。
「全身的偶発症は医療事故として取り扱われることが多く、さらには債務不履行と解釈されれば医療過誤の疑いにより刑事あるいは民事事件として法的な責任を問われる」と説明がありました。
これも怖さを感じますが、歯科医師はこのような責任を負って歯科医院を経営していると思うと、そこで仕事をしているデンタルスタッフの意識レベルが低ければ、大変なことになると感じました。
このことを踏まえると、患者管理の講習に受講生が真剣にならないはずはなく、みな集中して受講していました。
バイタルサインと医療面接、全身的偶発症とその対応法では、歯科診療で起こる可能性があるものに対しての鑑別診断と救急処置を学びました。
これらを知らなければ、慌てることなく冷静に対処することができないわけで、無知なまま患者の診療にあたることほど失礼なことはないのだということを痛感しました。
安全な麻酔に必要な技術からトラブル対処法まで学べる実習
「④ 実習手技解説」については、①~③を理解した上で処置を行うことの必要性と、患者・術者双方にとって安全で確実な施術のための手順説明がありました。
また、なるべく組織損傷や痛みを与えないための使用物品の選択と刺入法、麻酔注入速度など、細やかな手順テクニックについての解説もありました。
「⑤ 実習」では、勤務先の歯科医師と歯科衛生士で3~4人のグループになり、浸潤麻酔・バイタルサインの測定・窒息への対応方法や心肺蘇生法などを行いました。
当たり前の話ですが、見たり聞いたりするのと体験するのでは、大きく違うことを改めて感じました。
問題が起こらないように管理することはもちろん重要ですが、万が一、何か起こった時のために対応方法を知っておくこと、院内でシミュレーションを重ねておくこともまた重要であることを強く実感しました。
また実習では、歯科医師と歯科衛生士がコミュニケーションを取りながら、歯科医療全体に対する意識レベルの統一を図ることができ、大変有意義でした。
まとめ
この認定講習は、「臨床歯科麻酔認定歯科衛生士」の認定があれば「安易に麻酔ができる、やっていいですよ」と言っているのではないことがよく分かるものでした。
歯科衛生士による麻酔を臨床導入するためには、多くの知識と技術を必要とします。
そして、実務としての歯科衛生士による麻酔は、知識と技術の習熟度など複合的な視点で、主治の歯科医師が個別判断し、その上で主治の歯科医師から歯科衛生士への指示を必要とするということをJDAはしっかりと伝えていました。
「臨床歯科麻酔認定歯科衛生士」の認定は、歯科衛生士に「責任と権利」を与えてくれるものでした。
「覚悟」を持って患者に向き合いたいのであれば、自分で学び考える、必要な学びを自分で掴み取りに行くという意識が必要です。
でもそれは、義務感のような後ろ向きなものではなく、冒険のようなワクワク感と自由をもたらしてくれたように感じます。
これからの歯科衛生士の働き方を明るく照らすこの光が、未来永劫絶えることがないように、それぞれが責任を持ってこの認定を活かしていかなければならないと思いました。
※ 模型実習のため、グローブ着用を省略しています。模型はアルコール等で都度清拭しています。