2019年末に中国武漢で発生した新型コロナウイルス感染症。
今もなお流行拡大は続いており、WHO統計によると世界全体の累計感染者は7月19日時点で1,434万人。医療、経済、教育などのさまざまな領域で世界的に多大な影響をおよぼしています。
それでは、医療機関のひとつである歯科医院には、どのような変化があったのでしょうか。
今回、歯科医療の現場で働く歯科衛生士の皆さんに、新型コロナによる影響や変化についてのお話を伺う座談会を取材しました。
参加者プロフィール
今回の参加者は、一般の歯科診療所で働く方や訪問歯科を専門として働く方、コロナがきっかけで退職することになった方など、さまざまな環境におかれた歯科衛生士7人。
高岡歯科医院の歯科衛生士 石田恵子さんが司会を務め、仕事内容や待遇面、設備など、それぞれのテーマについて変化の状況を伺いました。
勤務時間の変化
石田さん(以下敬称略):増えた方、減った方、変化のない方…バラバラですね。うちは、診療開始時間が30分遅くなりました。
阿部さん(以下敬称略):うちは、ソーシャルディスタンスを保つため、人数を減らして診療していました。
Bさん(以下敬称略):私は勤務時間が増えました。普段の診療に加え、診察後の清拭などで時間が取られてしまい、実務記録の記入時間がずれ、休憩時間が短くなったり、帰宅時間が遅くなったりしました。
石田:消毒作業、かなり業務を圧迫しますね。皆さんのクリニックは、休業期間はありましたか?
寺田さん(以下敬称略):私の勤めるすずらんデンタルクリニックも、休業期間ありました。4月に就職したばかりだったのですが、コロナ真っ只中で…入社2週間目から緊急事態宣言が明けるまでの間は休業していて、それが明けてからはかなりバタバタです。
石田:Cさんは訪問歯科専門なんですよね。どうでしたか?
Cさん(以下敬称略):そうですね。勤務時間などは特に変わりはなかったのですが、一つの施設だけ4月は出入り禁止。在宅の患者さんも、念のため電話で事前に確認し、一人だけお休みになりましたが、あとは特に変わりなく診療していました。
石田:え〜、そうなんですね!高齢者の患者さんが多いので、利用者は減っているのかと思っていました。
C:そうですね。でも口腔ケアをやらない方が後々大変なことになるので、だからきてくださいと言われることが多いです。
B:私のクリニックも在宅診療に伺っていますが、お電話で確認する際に、口腔ケアの重要性をお伝えしています。そうすると納得してくださる方が多いです。
赤石さん(以下敬称略):むしろ、歯医者さんでしっかり口腔内をきれいにしておくことが大切ですよね。口が不潔だと基礎疾患が重度になるということもいわれています。
うちのクリニックは院長がそう考えを持っており、私もそう思うので、休業する必要はないということで自粛期間はありませんでした。
石田:そうなんですね。
患者数の変化
石田:減った、という方が圧倒的に多いですね。うちは、6月中旬ごろまで急患や新患がいつもより増え、現在は減ってきました。減った方は、自粛期間の影響ですか?
寺田:うちも自粛期間がありましたが、業務自体はあんまり変化がなかったです。患者さんも普通にいらっしゃっていて。
近くのクリニックとかは本当に通常通りで、時間短縮も何の対策もなく診療していたというところもありましたよ。
C:診療自粛期間は施設が出入り禁止になったので、その間は減りました。
阿部:うちはホワイトニングやメインテナンスの患者さんが減りました。
B:うちも、メンテナンスの期間を開けるなどしたので、一時的に減少したように思いますが、現在は通常に戻ってきています。
Aさん(以下敬称略):うちもホワイトニングやメインテナンス患者さんが減り、2ヶ月半ほど休業して、そのまま閉院となりました。
石田:大変でしたね。今どこかで働いているんですか?
A:今は働いていないです。まだコロナの感染力がわかっていない中で、現場でリスク高い歯科衛生士の仕事をするというのは、ちょっと抵抗があるなと思っています。
石田:たしかに、テレビでも話題になりましたね。ちょっと複雑な気持ちになりましたが…皆さんはどう思いました?
赤石:私もちょっと複雑でしたね。いち医療者としての考えを持ってほしいなと思いました。
たしかに私たち歯科衛生士は患者さんの口腔に直接触れる仕事ですが、私たちには感染管理についての知識があるので、一般の人たちと同じ位置に立ってコメントしてほしくなかったなと思いました。
石田:そうですよね。すごく衝撃を受けましたよね。私たちは歯磨きするだけのお姉さんではなく、医療従事者ですもんね。
寺田:報道についていうと、“不要不急”がどの程度かっていうのも、判別が難しかったなと思いましたよね。私たちにとっては不急じゃなくても、患者さんにとっては必要だったり。
石田:わかりづらかったです。みんな手探りでしたもんね。
赤石:でも一連の報道で、歯磨きやバキュームのお姉さんというイメージが強かった歯科衛生士が、医療従事者として見てもらえるようになったような気がして、それは少しよかったことかなと思いました。
仕事内容の変化
石田:ほとんどの方が変化があったと回答されていますね。寺田さんのクリニックは変化なしでした?
寺田:そうなんです。診療内容は通常通りでしたね。ただ、たまたま4月に就職した歯科医院はすべてのチェアに口腔外バキュームがついていたので、スケーリングの時にもかならず使用するようにという指示がありました。
石田:エアロゾル感染対策で、口腔外バキュームの導入をはじめたクリニックも多いですよね。
うちのクリニックでは消毒や掃除の時間が増えたり、物品の在庫確認を徹底するようになったのですが、皆さんはどうですか?
B:うちも患者さんごとに清拭する場所が増えました。スタッフも、ユニフォームを午前と午後の2回着替えるようになったので、洗濯などの雑用がかなり増えました。
また、待合室での待機時間を短くするために、チェアサイドで会計や次回の予約をとったりするようになったり、人員削減で受付不在の時が増えたので、診療中に受付したり電話応対をしたりという時間が増えました。
C:うちも消毒の時間が増えました。あとは、密の空間を排除するために、患者さんとのスキンシップの時間が減りました。」
赤石:いろいろみんな大変ですね。うちもすべてのユニットに口腔外バキュームあるので、診療内容は変わりませんでした。
ただ、これまで歯科助手が担当してくれていた滅菌業務に、歯科衛生士も携わるようになりました。それまでの担当の子たちがルールなどを作ってくれて、第一次洗浄消毒、第二次基礎消毒というのを、段階を経てできるようになりました。
給与の変化
石田:皆さん減ったと回答されていますね。診療自粛の影響でしょうか?
寺田:診療自粛もありますが、時間外労働が減りました。
B:うちは、仕事量は増えたのですが、サービス残業が増えたので、結果的にマイナスです。
石田:そうなんですね…大きく変化があった方はいますか?
阿部:実は私、退職をしました。子どもの学校が休校になって、家にずっと一人にしておくわけにはいかなかったので。20年以上働いていたんですが、辞めました。
でもそれがきっかけで、今後どういう風に仕事をやっていきたいかを見直すきっかけにもなりましたし、今まで長く勤めていて甘えていた部分もあったので、それに気づくきっかけになりました。
石田:お子さんの休校ですか。歯科衛生士は女性が多い職業なので、同じ境遇の方が他にもいそうですね…
人員の変化
石田:減ったという方と変化がないという方が半々くらいでしたね。退職された方や閉院になってしまった方もいましたが、Bさんも減ったと回答していますね。
B:うちのクリニックは、妊娠中のスタッフがいたのですが、もともと体調が悪いこともあり、大事をとって休職しています。
石田:そうだったんですね。それは心配ですね…うちのクリニックは、歯科助手さんが退職してしまいました。
ちょうど採用を考えていた時期に、急患や新患が増えたり消毒や在庫管理などの業務が増えたりして、いっぱいいっぱいになってしまったようです。
ユニフォームや設備の変化
石田:閉院してしまったAさんのクリニック以外は、何かしら変化があったようですね。
ユニフォームについては、うちもオペ着を全員着用するようになったり、マスクを二重にしたりしていますが、在庫不足で大変だったんじゃないですか?」
C:そうですね。訪問なので、感染源とならないようすごく配慮しました。
フェイスガードやエプロンをするようになりましたが、在庫不足で防護服をゴミ袋で代用することもありましたし、消毒液がいつものルートで手に入らず、インターネットで購入せざるを得ない時がありました。
石田:大変でしたね。インターネットでも品薄だったので、うちは院長先生がいろいろなところに連絡してくれてなんとか在庫を確保していました。
寺田:うちもマスク・アルコール・グローブは不足しています。
ユニフォームの変化については、現在フェイスシールドとゴーグルをつけて診療しています。それから、次亜塩素酸水生成機を導入しました。
B:フェイスシールド、つけるようになりましたね。スタッフが各自負担で用意しました。
うちは反対に次亜塩素酸水生成機が撤廃になりました。一時期、効果がないというニュースが流れたのを、院長が気にしていて…
石田:いろいろなニュースや見解があり、現場は大変でしたね。
診療自粛期間
石田:あった方、なかった方、半々ですね。自粛期間は完全にお休みでしたか?
B:うちは交代でテレワークをした期間がありました。
石田:そうなんですね!テレワークってどんなことをされたんですか?
B:テレワークは、普段手が回っていない事務的な仕事をしていました。
患者さん向けのパンフレットやパワーポイントの情報が古いままだった部分を修正したり、患者さん向けの講座の資料作りをしたり。
もともとクリニックで子どもたち向けに開催していた“バイオブレス”という教室を、担当スタッフがZoomを使って配信していました。
A:それって有料なんですか?
B:“バイオブレス”は有料なので、次回来院された時にお支払いいただいたり、PayPayで支払ってもらったりしていました。
他には、歯医者さんを身近に感じてもらえたらという思いで、診察には直接関係ない動画を撮り合って、和気あいあいとした様子をSNSで配信しました。
石田:いろいろな活動をされたんですね。コロナをきっかけに歯科でもテレワークの職域を広げようということで、Youtubeやライブ配信など、多くの方が新しいチャレンジをしていましたよね。
これまで現場でしか伝えられなかったことが全国的に伝えられるようになって、それはすごいチャンスだなと思いましたが、皆さんはどう思いました?
阿部:それは私も思いました。やっぱり育児をしている時に現場に行きたくてもいけないことがあって、それで辞めていく歯科衛生士がすごく多いです。
実際、看護師さんと比べると復職率が低いですよね。
それには歯科医院の規模が小さく、保育の設備がそろってないといった理由もあると思いますが、仕事自体に魅力がないんじゃないかなって思うんです。
スタッフの数も小規模のところが多いですし、長く続けていると、いやになってしまうことは多くあります。テレワークでできる仕事が増えて、歯科衛生士も自立した仕事ができればやりがいが増えるんじゃないかなと思います。
歯科医師とは違う目線で、一般の方のデンタルIQを上げることができるんじゃないかと思っているんです。
赤石:患者さんって、そんなにデンタルIQ低いですか?
石田:医院の方針で、患者層や治療内容に差はありますよね。
赤石:でもデンタルIQが低かったら、自分で歯ブラシや歯磨き粉を選んだりしないんじゃないかなと思うんですよ。むずかしいところですけど…
ただスケーリングをするだけでなく、むし歯もペリオも、何が原因になっているのかを伝え、対症療法から原因除去療法に変えていく。
もうちょっと根底にあるものをしっかりと患者さんに発信していければ、歯科衛生士は人を健康にできる仕事なんですよ。
個々の歯科衛生士がもっと勉強して、「なぜ」の部分を患者さんに説明して、気付きを与えてあげられるようになれば、歯科衛生士の社会的地位を上げることができるはずですし、仕事に魅力を感じる人も増えてくると思います。
歯科衛生士自らが、歯科衛生士って素晴らしいんだよって発信していくことが大切なんだと思います。
石田:アツイですね!ありがとうございます。Aさんは、テレワークやSNSなどでの発信に可能性を感じますか?
A:はい、いい機会だと思います。
クリニックにくる人は、歯に対してある程度意識をしているので、私たちがお話しすることで知識を底上げすることはできますが、そうじゃない人(歯医者に行かない人)の知識をアップデートすることも重要だと思います。
診療する場所以外のところで啓蒙活動をするのも、歯科衛生士の仕事のひとつかなと思うんです。
石田:ありがとうございます。歯科衛生士の情報発信によって、歯医者に行こう!と思ってくれる方が増えれば嬉しいですよね。
座談会を終えて
石田:本日はありがとうございました!皆さん、いかがでしたか?
寺田:すごく有意義で、楽しかったです。
B:皆さんのお話が聞けてよかったです。これから参考にしたいこともあったので、どんどんといろんな変化を生み出していきたいなと思いました。ありがとうございました!
赤石:皆さんの意見を聞けたのですごくよかったです。
A:私も、今まで働いていたクリニックは院長先生と二人だけだったので、今日はいろんな方のお話がいろんな角度から聞けて、すごく視野が広がりました。
C:コロナになって、診療所の方はどうなっていたか気になってたので、参考になりました。訪問診療ですが、気をつけていこうと改めて思いました。
阿部:今日はありがとうございました。皆さんのお話が聞けて、まだまだ勉強したいなという気持ちが盛り上がってきました。歯科衛生士の地位を上げていく一人になりたいです。
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今もなお流行拡大が続く新型コロナウイルス感染症。今回の座談会を通して、歯科医療の現場においてもさまざまな影響や変化があったことがわかりました。
全国の歯科医院、そこで働くスタッフの皆さんにも、それぞれの変化や試行錯誤、お悩みがあったのではないかと思います。
この座談会が、共感の輪や新たな挑戦に繋がるきっかけとなれば嬉しいです。