歯科衛生士は社会的価値の高い大切な職業であり、この社会になくてはならない存在です。
dStyleでは、今まさに臨床の現場ではたらいている方々にスポットライトを当て、等身大の歯科衛生士ライフを語っていただきました。
このインタビューが、歯科業界で輝くきっかけになれば嬉しいです。
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今回は、歯科衛生士歴23年の柳妙子さんにお話を伺いました。
新卒で入職した田中歯科クリニックに、現在も勤続中の柳さん。30歳の頃、うつを患い約2年ほど一時退職した後、同歯科医院に復帰しました。
退職と復帰のきっかけ
もともと無理して頑張ってしまう方で、自分で止められない性格でした。
当時、同僚の歯科衛生士が数人辞めてしまい、欠員が出た分の仕事を引き継ぐことになりました。さらに同時期に新人が3人いて、その教育も任されていたため、気づかないうちにオーバーワークになっていたと思います。
「なんか辛いな…」と思った時には、体調に変化が出てしまっていました。
復帰した理由は、やっぱり患者さんに会いたかったからです。
実は、一時退職中に一度、思い切って別の業界に飛び込んでみようと思い、アパレル業界でアルバイトをしていました。
本質的に人と関わることが好きなので、お客さんと話すことも楽しく、売り上げもそこそこ上げていたのですが、何か満たされないような空虚な感じがしていました。
その時にふと、歯科衛生士として働いていた時のことを思い出しました。
あのセミナーで勉強したな、患者さんと話すのは楽しかったな…などと考えていたら、今まで10年間関わり続けてきた患者さんの顔が次々と頭に浮かび、「ここは私のいる場所じゃないのではないか」と感じはじめたのです。
そして、“歯科衛生士として、自分の持っている技術で人の役に立ちたい。今まで携わってきた患者さんに、これからも関わり続けていきたい!”と、突然目が覚めて、復帰を決意しました。
その頃、私の不在を知った患者さん数名から「私は元気だよ」とか「早く帰ってきてね」といったお手紙をもらったんです。
患者さんが必要としてくれているのが本当に嬉しくて、私の居場所はそこだったんだなと感じました。
また、そのお手紙をわざわざ届けてくれたスタッフの存在もとてもありがたかったですし、院長先生からも、柳さんを待っている患者さんがたくさんいるよ、と言っていただいたこともあり、約2年の退職期間を経て、復帰させていただきました。
仕事をする上でこだわっていること
口腔内だけではなく、その人自身を見るようにしています。
患者さんが今の口腔状態になったのには、ここにくるまでの間にいろいろな経緯があります。
その経緯を知らずに口腔だけを見ても、上部だけだけのお付き合いになってしまうと私は感じています。
過去に重度歯周炎の患者さんがいらっしゃった時のことです。話を聞くと、とても真面目に歯科医院に通われていたようで、「定期的に歯石を取ってもらっていたのに、通えば通うほど歯がなくなってしまって…。どうせここでもまた歯を抜かれるんでしょう?」と言っておられました。
しかし、その言葉の裏には「抜きたくなかった、本当は歯を大切にしたい」という気持ちがあると感じました。
そして、患者さんのその気持ちを尊重し、担当医である院長先生と話し合い、重度に進行してしまっている抜歯適応の歯については、抜歯をする前に歯周治療を行うことになりました。
すると次第に残存歯がしっかりしてきて、「今までは歯を失うのは体質のせいだからしょうがないと思って抜歯を受け入れていた。でも、違うんですね。もっと歯があるころに出会いたかったわ。」と言っていたんです。
その方は、18年経った現在もメインテナンスに通い続けていて、ご近所のお友達などに当クリニックをすすめてくださっているそうです。
ご本人は歯をたくさん失ってしまったけれど、そうやって周りの方々に健康の輪を広げてくださっています。
もうひとつは、患者さんの治したい気持ち、健康を維持したい気持ちを引き出せるように、情報提供を欠かさないことです。
特に患者さんとの会話は大切にするようにしていて、体調の変化や、お仕事が大変など、会話の中からヒントを得て、サブカルテに細かく記録しています。
また、患者さんの中には、ご自分の歯が何本残っているのか、どこにどんな治療をしたのかを知らない患者さんも多くいらっしゃいます。
歯科治療を歯科医や歯科衛生士だけの仕事と認識している患者さんは多く、ご自身の大切な体であるはずの一部を他人に任せてしまう現状に、あまり違和感を感じていないのです。
そのため、患者さんに正しく情報を伝え、気づきを得ていただくためにも、歯周組織検査や口腔内規格写真など、きちんと“データを残すこと”が重要だと思っています。
こうして長年撮りためたデータや書きためたサブカルテは、私にとっても患者さんにとっても宝物といって良いかもしれません。
長く続ける秘訣
いちばんは患者さんの存在です。
一度歯周治療が終了し、安定していても、年齢や治療の経過、それぞれのライフステージによって、口腔内は変化していきます。
そうすると、さらにその先が見たくなり、もっと関わっていたいと思うので、やっぱりやめられないですよね。
その変化を見届けたい、見続けていたいと思うのが、長く続ける“秘訣”というか、私の想いです。患者さんたちはみんな、私の人生の一部で、人生を共に歩んでいる、という感覚でしょうか。
それから、職場の環境です。
院長先生だけにクリニックのことを任せきりにするのではなく、スタッフも医院づくりに関わっていくことはとても重要だと考えています。
当クリニックでは、“スタッフそれぞれが主体性を持って、みんなでより良いクリニックにしていけるように”と、院長先生の提案で、月に一度ミーティングを行っています。
ミーティングではスタッフ全員が自由に発言できる機会をいただいており、スタッフと院長先生が同じ土俵に立って、一緒にクリニックを作り上げている。
そんな職場なので、居心地が良く、私自身も思う存分力を発揮できているのだと思います。
働く中で経験したうれしい出来事
12年通われている患者さんと一緒に、今までの口腔内写真を見比べていた時に「最初は酷かったわね。でも年はとったのに口の中が若返っているわ!嬉しい!柳さんに出会えて良かった!」と言われたことです。
また、23年と長く同じクリニックに勤務している醍醐味かもしれませんが、小児から診ている患者さんが大人になっても通い続けてくれて、受験や就職など、大切な場面を見届けることができることも嬉しいです。
そして、そんな彼らがパートナーやお子さんなど、大切な人を連れてきてくれること。これが本当に嬉しいです。
健康って、そうしてつないでいくものだと思うんです。こんな風に健康の輪を広げていけることが喜びや、やりがいにつながっています。
それから、うつから職場復帰したときに、患者さんに「絶対戻ってくるって思ってたよ。ずっと待ってたよ」と言ってもらえたこと。私を元気づけようと歌を作って歌ってくれた患者さんもいて…
自分ばかりが患者さんを想っているようで、私自身が患者さんに大切にされているんだなと思いました。
そして何より、当クリニックにきていた歯科衛生士の実習生に、「別の仕事をしようと考えていたけど、柳さんが楽しそうに働いている姿をみて、歯科衛生士になろうと思えました。」と言ってくれたこと。
私の姿が未来の歯科衛生士に希望を感じてもらえたように思い、その言葉は本当に嬉しかったです。今、その実習生だった子は、クリニックで一緒に働く仲間になりました。
そうやって人の心に残るような仕事ができることに、大きなやりがいを感じます。
これまでの人生経験の中で、やっておいてよかったと思うこと
自分自身がうつを経験することで、患者さんにおいても、表面上だけではなく、見た目では分からないトラブルを抱えていることがあるということを、身をもって経験した気がします。
だからこそ、患者さんをある一面だけで判断するのではなく、多角的に見ようとするように心がけています。
それから、パーソナルトレーニングに通ったことも、いい経験でした。
トレーニングを受けながら、身体に良いことだと分かっていても、それを維持することは簡単なことではないと改めて感じ、それを体験した時に「歯磨きや歯周治療、メインテナンスと似ているな」と思いました。
また、そこで出会ったトレーナーさんのふるまいはとても勉強になりました。
励まし方や声のかけ方など、ただ「がんばれがんばれ!もっとこうして!」じゃなくて、「前回より、ここがとても変わってきていますね。」という風に声をかけてくれるんです。
「患者さんにもこんな気持ちにさせてあげられているかな?」「こんな言い回しは嬉しいな」など考えながら、トレーニングをしていました。
歯とは関係ないことであっても、つい歯科と結びつけて学びにしたいと思ってしまいます。
奥山洋実さんと出会って
奥山さんと初めてお会いしたのは、クリニックで予防をはじめて模索している時で、私が歯科衛生士になって5〜6年の頃です。
(参照:わたしのDHスタイル #25 奥山洋実さん『医院を支える歯科衛生士を増やす』)
当時、自分なりには一生懸命に歯周治療もTBIもやっていたつもりでしたが、それが患者さんに受け入れてもらえていないような、私の思いだけが一方通行な気がしていました。
そんな時期に奥山さんに出会い、患者さんに接する姿を見たときに、目からウロコがボロボロと落ちるような思いでした。
奥山さんは、グッと患者さんに入り込んだ話し方をするんです。より身近で、人間味のある指導というか。患者さんから「そうそう、そうなのよ!」と、共感を得ながら話しを進めていくんです。
その内容や話し方がとても興味深くて、聞いていると引き込まれるんです。だからいつもこっそり側でワクワクしながら聞いていたのを今でも覚えています。
それからは自宅で母や友人を相手に話す練習をしたり、どう話せば興味を持ってもらえるかなどを考えてノートに書き出したりと、自分なりにいろいろ研究しました。
その甲斐があってか、担当した患者さんの口腔や行動が変わっていき、良い結果が出ると、患者さんと心が通じたような手応えを感じ、心から歯科衛生士の仕事が楽しい!と思えるようになりました。
また、奥山さんに教わったことの中で一番心に残っていることは、“自分自身の経験が患者さんに役立つ”ということです。
歯科衛生士自身にもそれぞれのライフイベントがあり、結婚、妊娠、出産や、更年期、親との同居、介護など、さまざまな経験をします。
実際に経験したことを通して話を伝えられることは大きいです。
また、経験を重ねると、若い時には感じることができなかった患者さんの気持ちをより深く感じとることができるようになり、仕事がさらに楽しくなります。
実際私にとっては、病気を経験したことや退職したことなどは、患者さんと向き合う時に大きな強みになっています。
そうやって人生で経験したことが、一つも無駄にならないばかりか、歯科衛生士として生きる時に、その人にしかない持ち味になるんです。
私は今44歳ですが、これから自分も年齢と経験を重ねていくことをとても楽しみに感じています。
奥山さんからは、患者さんとの接し方や学びはもちろんですが、歯科衛生士として生きるということ。“歯科衛生士魂”を学び、それが今、私の原点になっています。
オススメの器具
P-MAXと、専用のHY1チップはかなり活用しています。
このチップは、深い歯周ポケットにも無理なく挿入できるので、イリゲーションには欠かせないチップのひとつです。
最近クリニックに導入された新しいチェアにもP-MAXが内蔵されているのですが、新しいものは振動の仕方が従来のものと異なっており、手指への伝わり方が違うんです。
私が現在使っている型番はもう生産終了してしまっているそうですが、20年近く使っており、振動の仕方も私の手の一部のようになっているので、この組み合わせが私にとっていちばん治療効率がいいです。
あとは、個室であること。
私自身も落ち着いて処置にあたれますし、患者さんにとっても、他の声が聞こえてきたり他のスタッフの足音がせわしなく聞こえると、そちらの方に意識がいってしまうことがあります。
短いチェアタイムでは、慣れた道具を使用する、環境を整えるというのはすごく大切なことです。
その環境を作ってくれた院長先生には感謝しています。
今後挑戦したいこと
今後、院外にも症例を通して、“長く関わり続ける歯科衛生士の魅力”を発信していくことに挑戦していきたいと考えています。
今までは、クリニックの中で患者さんとだけ向き合ってきましたが、これからは長期症例を持つ身として、もっとできることがあるのではと思っています。
また、介護の分野や在宅訪問についても学びたいと思っています。
患者さんを長く見ていると、次々に高齢になったり、認知症になったりする方もいます。
患者さんからも「通えなくなったらどうしよう」という声があり、その不安にお応えできるよう、安心していただけるように知識を増やしていきたいと思います。
若手歯科衛生士のみなさんにメッセージを!
長く関わり続けている患者さんとのこれまでの出会いは、私にとっては財産です。
口腔の健康のお手伝いを通して、患者さんの人生のほんの一部分を、長くに渡ってお供させていただいているような、そんな関わり方ができる職業は、歯科衛生士しかないのではないかと思います。
歯科衛生士は、離職率が高いと言われていますが、いろいろな人生経験を経た味のある歯科衛生士こそが、これからの歯科にとって、また患者さんにとって重要な存在になると思います。
何らかの理由で退職したとしても、再び歯科衛生士として復帰してほしいです。
その人生経験を活かしながら臨床を積み重ね、患者さんと人生を共に歩む歯科衛生士が増えてくれると嬉しいです。
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